虚無杯満:4


※丕甄が好きな方、甄姫が敵になるのは耐えられない!と言う方はこれより先は読まないことを推奨します。読んでからの苦情はおやめ下さい。



彼からの寵愛を受けたい人なんて山ほどいる



それはわかっていた。だって、父様の息子だもの。自分の家を安泰させようと、曹家との子供を産めばその家系は強くなる。だから正妻は一人でも、側室は嫌でも増えるのだろう。姉だから、そういうことに口を挟んではいけない、けれど。そうは言うものの、実は子桓の女性関係は一度も耳にしたことが無い。父様は結構女性が好きで、側室が何人もいるのを知っている。ある程度位が上の武将ならばそういう体の関係を持つ人だっているだろうに。
…でも、子桓から誰か女性の匂いを感じたことが無いことに、喜びを感じる。変なことはわかっているけど、だからこそ最近の私の心境はぐるぐるとよくわからなくて切ない。


「…子桓、お茶持ってきたの。飲む?」
「あぁ、丁度喉が渇いたところだ。頂こう」
「はい」
「あら、篠乃様、そのような事くらい私が行いますわ。曹丕様に拾っていただいた身ですから恩を返さなくてはいけませんもの」
「…そ、ですか…」


名を甄姫、と言っただろうか。あの日――官渡から帰った翌日に私の部屋の隣に位置する子桓の部屋へ向かったらその女性がいた。袁家の妻だったらしいのだけど、子桓が情けをかけて魏へと連れ帰ったらしい。見初めたと言っていなかったから、本当にただ降らせただけらしいのだが、彼女が魏へ来てから、私が今まで子桓にしていたこと全てを甄姫に奪われてしまった気がして、うまく…笑えない。官渡での戦いから数日ほどしか経っていないのに、子桓と接する時間が減るだけで、その間の私の心はぽっかりと穴が空いたようにさびしくて堪らない。


「姉上、髪を結ってくれぬか?やはり私では綺麗に纏まらぬ…」
「曹丕様、それなら私が代わりに結いますわ!」
「…甄姫。私は姉上に頼んでいるのだ。余計な口を挟むな」
「…………申し訳ござません」


ぐいっ、と子桓に腕を引かれて強制的に彼の背後に回った。そこに来れば自然に子桓の髪を結っていた。もう癖、なのかな。やっている間中、子桓でない甄姫からの突き刺さるような視線…殺気が恐ろしかった。彼女は子桓の妻になりたいと思っているのかもしれない。そうじゃなければ、あんなに鋭い視線はしないと思うから。

どこか落ち着いたように背を少し丸めて座る子桓に対して、私は甄姫の殺すような視線に固くなっていた。

髪をうまく結い終わると、子桓は何を思ったのか、甄姫に出て行くように命じていた。彼の命令は私もだけど彼女も逆らうことはできない。表面上は冷静そうだったけど私から見れば心底納得していません…といっているみたいだった。だから、甄姫は私とすれ違う際に「妻となる私にとって貴女は邪魔ですのよ」そんなことを囁いて行った。


「あの女の言うことは真に受けぬようにな」
「…でも、見初めたから連れ帰ったのではない、の…?」
「違うだろう。私が姉上に隠し事をすると思っているのか?それとも……甄姫が私の妻だったら、姉上はどうしていた?」
「………ど、うって…」


甄姫が去った部屋は、当然二人きりとなる。急に子桓はニヤリ、と、普段の少し幼い様な表情から一変してどこか眩暈をおこしそうな艶なる顔に変わる。それに、一気に主導権を奪われたような気持ち、になる。


「てっきり、姉上はあの女に嫉妬しているのかと思ったのだがな。違うか?」
「わからない、の…よ。…ねぇ、でも、甄姫さんと貴方が隣り合っていたのを見て、ぐるぐると変な気持ちが駆け回るのって、その、嫉妬というものなの?」
「…鈍いのも、姉上らしいな。私は、姉上が父上と視線を絡めあっているだけで燃える様な嫉妬の炎が湧き上がる。舐める様な視線を向けられているのにも気付かない姉上に、私がいつも一人で苛々しているのだ」


急に互いの顔の距離が狭まった。子桓が立ち上がって私の緩く結ってある髪をきゅ、と自分の方へ引っ張ったからだ。こんなに落ち着かない、どくどくと心臓が煩くなる、そんな視線を向けられたのは初めてだから、生理的に涙が浮かんでくる。


「私は、姉上……篠乃が愛しくて堪らん。それは篠乃もではないのか?」
「…あっ……し、か、ん……」
「篠乃は、ここに来た日からずっと私のものだ。違うのか?」
「…子桓のもの…。私…」
「いいな。これは命令だ、今現在で、お前は私の姉ではなくなった。一生、篠乃は私のものであり続けよ」
「は、…はい…っ!」


命令なのに、姉としてみてもらえなくなるのに、それでも喜びが勝ってしまうのは、私がそれだけ子桓のことを愛していたからなのだろうか。これまでの親愛は、親愛でなく、恋愛だったのだろうか。もう、そんなことはどうでもいいけれど。





虚無の杯、満たしましょう:4

甄姫スキーな方申し訳ありませ……っ!ちょっとドロドロしたお話が書きたくなってしまって。やっぱりヒロインは姉だけど最終的には曹丕の奥様というか、曹丕のお人形さんというか、曹丕から寵愛を受ける唯一の存在にさせたいので、甄姫様は敵にまわってもらいました…!
20080614








第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!