嫌、なのに嬉しく思える自分




本当は、忙しかったからじゃなくて、人目につくのが嫌だっただけなんだ。

昨日見た篠乃殿、頭から離れない。女官は部屋から出ずとも丞相の元にいれば必ずやってくるし、自分も目を合わせないようにしてるから覚えられない。別に構わないけれど。でも、あんな風に下心も無く、好奇心と言うわけでもなく、ただ当たり前のように話しかけてくれた篠乃殿が嬉しかった。蜀に降ってからは、なかなか馴染めず、話しかけてくれる将もいるが疑いの視線が混じっているのも知っていた。それに、自分の容姿に自信があるわけじゃないけれど女性はじろじろ見るし、申し訳ないけど今の自分にとってそれは苛々の原因になるだけだ。

自分は蜀の武将の趙雲殿や馬超殿など、に比べたら年下で、しかも自分の実力を披露できる場がない。だから、見下されるし、正直言って辛い。本当にそんな時だったんだ。篠乃殿のまとう雰囲気でわかる。自分は馬鹿ではない。純粋なお人好しで媚びなくて、心地よかった。馬超殿付きの女官と言っていたか。確か。


「…行けば、会えるかな」
「篠乃ですか?」
「えぇそうなんで……って、じょ、丞相!?口に、出てました…?」
「それはバッチリ、と。確実に今の時間帯なら馬超殿の執務室にいるでしょうね。扱き使われてますよ」
「そうですか…」


まるで行って来なさいという視線だったので、それに押されるように部屋を出た。と言うか、なぜ丞相は私が篠乃殿のことを考えていたとわかったのだろう。やっぱりすごい。馬超殿の執務室は、昨日、篠乃殿と昼食を摂ってから帰り際に見かけた。何故だか頭の片隅にしっかりと記憶されている。すたすたと、周囲の視線を出来る限り流して、ひたすら進む。………声が、響いた。これ、篠乃殿…と、馬超殿だ。なにやら言い合いをしているようだ。上司である人と言い合いなんて、なんだか篠乃殿らしいや、と苦笑してしまう。


「失礼しま…」
「ちょっ!馬超!貴方、さっきから私にばっかり仕事押し付けて!いい加減にしないと諸葛亮様に言いつけるよ!」
「俺だって重労働してんだから竹簡の処理くらいやれよ!俺が苦手なの知ってんだろ…!というかお前、何上司に向かって呼び捨てなんだよ」
「こんなに頑張ってる女官に対して失礼だからですー!」
「あ、あの!」
「って、あれ、姜維様?」
「お前、なんでここにいんだ」
「いや……あの…篠乃殿に用があって…」


やっと気付いてもらえた…。でも、篠乃殿、馬超殿に普通に暴言吐いてる…。これはいかがなものなのか、と言われてもおかしくないけれど、自然体な気がして悪くない。ツキリと胸の痛みを感じたのは、…よくわからない。…私も「きょうい」って呼ばれたいなんて思った。なんだろうこれは。


「つーか、姜維と篠乃、いつの間に知り合いになったんだよ。初耳だな」
「いや、私言ってませんから。馬超サマに言わなくてもいいでしょう?」
「お前な……!いい加減にしろよ…、俺、篠乃の上司だぜ?」
「きゃー怖い。馬超サマっていつもこんななのですよ、姜維様なんとかしてください…っ!」


なんだか喧嘩と言うか、ふざけあってるというか、笑いを堪えるのに必死だ。なんていう今の状態、篠乃殿は私の背に隠れるようにしがみついている。こんなの、迷惑以外のなにものでもないのに、嫌じゃない。ふざけてる、のに、本気で守りたくなるのは何故だろう。


「そうですね、篠乃殿を困らせるのは感心できません。という事で篠乃殿をお借りしますね」
「ちょ、…姜維てめえ!俺から篠乃もってくつもりか!仕事終わんねえ………」
「いいえ兄上、篠乃殿に休憩させてあげて下さい。大丈夫、私がちゃんと手伝い(監視)してあげますから」
「………………、」


そこにいた馬岱殿の笑顔の威圧感に馬超殿すら負けてしまい、おとなしくなった。その隙に私と篠乃殿は部屋を後にする。


「…ふぅ、助かりました、姜維様」
「い、…いえ!こちらこそお邪魔だったかな…」
「そんなことは…ないです。寧ろ嬉しかっ、…た」
「なんだか苦労してそうでしたものね。私の元に来てくだされば、あんなに大変な思いさせないのに」
「………ぇ、…え、?」


冗談でも、と思った、のに。篠乃殿の顔を見ると真っ赤になっていた。…え?なんなのだ、自分の顔まで熱くなってきた。


「……嘘なら…はっきり言って下さいね…それが冗談なら、やめて、くださ…い」
「いえ、あの、…本当だと、言ったら?」
「えっと、うれ…しい、です」


赤い顔を隠そうともせず、笑みながら私を見上げる彼女。本気にしてしまいそうだ。愛しい、と、心が叫んでいる。





(嫌、なのに嬉しく思える自分)

あれ、馬岱の一人称って「私」でいいんですよ、ね!(?)てゆか本当の目的。初々しい姜維、そして口喧嘩する馬超を書きたかったらしい←
20080613








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