一輪の鷺草 
2それでも羨ましい



織田軍の制圧した地域や、情勢、治安、私は戦ったりなんてしないけれどそれでも織田家に属しているはずで、どんなに上の位の人でもなにかしら仕事をこなさなければいけない。それなのに私は仕事を与えられるどころか、織田家の様子すらほとんどわからない。たまに光秀がしばらくここにやってこなかったり、怪我をつくっていたり、城内が慌しくなったりすると何かあるんだろうなぁって思うし、兄様は何も言おうとしないけれど光秀も姉様も濃姫様もほんのたまに、教えてくれる。
きっと、そんなことが世間の人に知られたら呑気なものだ、とか批判を浴びるのだろうけど、知る手段がないのだから仕方ない、んだ。織田軍が危機に晒されていることはない、それだけはわかるけど。


「花喬、いるかしら」
「…姉様ですか?どうぞ」


姉様は比較的私の部屋に訪れてくれる。私のことを考えてくださるのか、来る度に髪飾りや着物、花を摘んできて必死に私を励まそうとしているのがわかる。嬉しいけど、どうしても心から気が晴れることがない。


「これから、あまり花喬の所へ来てあげられないかもしれないわ」
「どうして?」
「実は、私浅井家に嫁ぐことになって…」
「…そう、なんだ…でも、素敵な方なのでしょう?そ、その、私の言葉じゃ味気ないかもしれないけど、幸せに、なって…ね」
「ありがとう。でも、わからないわ、私は政略的なもので嫁ぐから。お会いしたのは一度きりだけど、これからその方を好きになるかも、しれない」


政略結婚って、なに?
思わずそう訊きたくなった。勿論意味自体はわかっているつもりだけど…でも、以前考えたことがあった。あぁ、もしかしたら私は織田家のために見ず知らずの人の元へ嫁がされるのかと。それならそれでいい、その人に愛されなかったとしてもここから出ることができるならそれ自体に価値があるのだから。…でも、姉様がそうなる、それって私が閉じ込められている理由がその結婚のためじゃないっていうこと。自由の身になれるわけじゃない……。純粋に姉様がうらやましかった。ずるい、どうして貴女だけ、姉様を見ていたらそんな醜い感情がふつふつと浮き上がってきた。だめよ、そんな考えでは。私の分まで、幸せになってほしい、そう思わなくてはいけない。


「もしここを出ることになったら、一言でいいから声、掛けてほしいな…」
「そうね。ちゃんと言うから。あまり顔色が良くない様だからしっかり休みなさい、花喬」
「…はい」


姉様が去った後、奥の寝室に向かって布団へ潜り、ぼんやりと天井を見つめていた。休め、と言われても普段から動き回らないからあまり寝付きがよくない。
…そもそも、人を好きになると言うのはどんな感じなのだろう。結婚なんて、小さい頃から同盟の為とか一族の為とか、義務的な儀式なのかと思っていたくらいで、その結婚の間に色恋があるなんてわからなかった。そこまで考えて、それもそうか、と自嘲的な笑いを零した。だって、恋をするどころか男性……人にすらあまり会う機会がないのだから、そんな感情を私が抱くはずがない。会う男性と言えば、光秀と蘭丸くらいだけど何か違うし…。

どのくらいだろう、何もすることのない私の体内時計は機能してないも同然で、今の時刻はどのくらいなのかなんてほとんど考えたこともない。ただ、何も聞こえないそこに無機質ながらも私の心地よさを感じられる音がコツコツと響いた。この感覚は、光秀。ここを訪れる者も限られているから自然とわかるようになってしまった。まだ意識がはっきりしていないけどそれだけはわかる。やっと睡魔が襲ってきて、そんなときに起こされるのはあまり喜べないけど、必死に脳を覚醒させようと私はしていた。重く感じる腕を天に伸ばしてぐーぱー、と手を開いたり握ったり。あまり変わりないか、と落胆しているとすぐ傍からクスクスと笑い声が届いた。か く せ い 。


「み、光秀……っ。い、たんだ…」
「ふふふ、先ほどからいました。寝惚けているみたいですね」
「起きました…ってば!からかわないでよお…」
「いえ?からかってなどいませんよ。花喬を見てると可愛らしくて飽きません」


私の目が正しいかどうか、わからないけど光秀はきっと格好いい、というか、美人と言われるような人なんだと思う。もう彼と会うことは日常となってしまったからあまりドキドキなんてしないけど、さすがにその…「口説く」みたいな言葉を言われると照れないわけじゃない。そこまで私は女の子を放棄してはいないから。


「さて、夕餉をお持ちしましたよ。向こうで頂きましょう」
「え、み、光秀も一緒?」
「えぇ。今日は断りを入れてこちらで食べることにしました。最近花喬の食べられる量が少ないと女中から聞きましたので、心配になりまして」
「…食べてるつもりだけどなあ」


でも、精神的に疲れがあったり考え込んでいて食欲も出なかったのかもしれない。それを考えてくれた光秀の厚意を素直に受け取って2人で夕餉をいただいた。私のことをわかってくれる数少ない人だから会話も弾む。


「そういえば、お市殿の話はもうご存知ですか?」
「あ……姉様が部屋に来てお話下さったわ」
「そうでしたか。実は、花喬もどこかに嫁がせようか、などという意見も上がったのですが信長様直々に却下していまして。まあ、私も反対でしたがね」


どうして?と訊ねたら、政略結婚では恋愛感情などなくても無理やりに結ばれるのだから下手すると暴力を受けたり、酷い扱いをされることもある。だから、私にそういう話を持ってこないのだ、と言っていた。


「それに…」
「…そ、れに?」
「私自身、ここに貴女がいなくなるのは嫌ですから」




2:それでも羨ましい

あ、すいませーん、光秀落ちではないのです(!)
20080426






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