息吹に交じりゆく



―コンコン

「失礼しまーす」
『なんだ、名前か』
「私で悪かったわね」
『そうは言ってないぞ』


扉を開いて少し驚いた。スケット団の部室にいると思っていた藤崎君とヒメコちゃんがいなかったから。というよりも、どうして笛吹君が残っているのかと、それが不思議だった。出かける時も三人だし。二人でなにか買い物にでも行ったのだろうかと首を傾げつつも、タイミングが良かったと嬉しくなって、ドキドキした。


「あの二人は?あぁ、そういえばヒメコちゃんペロキャン無いって言ってたからそれ買いに行った?」
『それもあるが、俺の愚民グミを調達…いや、知らないか』
「知ってるよ。笛吹君、持ち歩いてるの見たことあるもん」
『俺に話があったんじゃないのか』
「…はは、よくわかったね。うん、まあ…」


笛吹君とはもう本当昔から同じ学校で、相手が知ってたかはわからないけど、私はずっと気になっていた。でもなんだかんだ言って同じクラスになることは無くて、遠目に見ることしかできなかった。あの子がいたから、余計、に。でも話したかったし、いっそ想いを告げたかった。
どうして言わなかったんだろう、って凄く、後悔した。


「笛吹君はさ、知らないかもしれないけど、私ずっと知ってたの、貴方の事は」
『俺も知ってるぞ。名前はなんか憶えていた』
「なんかって何!…ってそうじゃなくて、私ずっと、好きだったの。それは、知らないでしょ?だから笛吹君の好きな物とか大抵解るし、うん、わかる…」
『………そうか、でも今の俺はこんなだぞ』
「知ってる」
『物好きだな』
「そんなことない」


いつでも視線の先は笛吹君で、何があってもそれが変わる事が無かった。報われない恋愛してるような気もしたし、友達にもやめなよって言われた。けれど、どうしてやめなきゃいけないの?って思うくらい、笛吹君のことが好きっていうのが当たり前のようになっていた。


「笛吹君は笛吹君、どんなになっても私、やっぱり好きなんだよね」
『そうか』
「え、ちょっと待って、返事とか聞かせてくんないの!?」
『エー』
「い、いや…言いたくないならいいや、うん、私が一方的に告白しただけなんだから、うん」
『……ちょっと、待ってて』


笛吹君が自分のデスクの脇に椅子を用意し始めた。座りなさいという感じで。頷きそこに腰掛けると、それを見てから笛吹君はキーボードに手を乗せて、何か考え始めた。いつも目にも留まらぬスピードで打つのに、手が止まっていて。何を喋るつもりなのか、少し怖くて私まで無口になってしまう。何時間も待っているような感覚だった。


『……い、言うぞ』
「はっ、は…い…」
『俺も好きだ』
「へえ、え、…え、それ嘘…?」
『嘘なぞ言うと思ってるのか!』
「思いたくないけど、でも…笛吹君、沙羽さ」
『それは、過去の話だ。今は、今だ』
「…ごめん」
『いや、いいよ』


そう言った笛吹君をちらりと見やると、ほんの、ほんっっの少しだけ顔が赤いように思えた。その瞬間、なぜか私も恥ずかしくなってきて、急激に顔が熱くなる。


『今更照れてるのかい、はっは』
「うるさいなぁー!」
『しかし名前、思ったんだが、よく俺の事知ってるな』
「う、うん。藤崎君とかヒメコちゃんにも聞いてたの」
『それは知らなかった』
「だけど、知らないこと、いっこだけある」
『なに?』


言っていいのかわからない。
当時は、話こそしなかったけど、やっぱり心配でずっと気にかけていた。今の笛吹君は大丈夫かもしれないけど、私がこの話を持ち出すことを躊躇った。
でも、いつか話すこと。今話さなきゃいけないこと。


「笛吹君の、声」
『……』
「気に障ったらごめんなさい。でも、本当に知らないの」
『それは俺に死ねと言いたいのか。俺は喋れないわけじゃない、わかるだろう』
「知ってる。だから、ね、お願いがあって、」
『うん?』
「ぎゅ、ってして欲しいな…」
『また唐突な。恥ずかしいが名前が言うなら、仕方ない、おkする。だが、喋らないぞ』
「わかってる」


言った後、笛吹君は私の方へ椅子を回転させた。そして両手を開いて…。これは、俺の胸へ飛び込め☆とか言いたいのだろうか。いや、いやいやいや、私がお願いしたことだけど、さすがに恥ずかしいんだけど!えっと、でもやっぱり私が飛び込まなくてはいけない、の?
心を読んだかのように、こくりと頷かれてしまった。よし、女は度胸!ぎゅ、とはできなかったけど、倒れこむような形で、体重を預けた。それにしても膝の上に乗る姿勢はとても羞恥を煽られる。自分でやっておきながらなんて恥ずかしい女なんだろうと、思った。
笛吹君の片腕が背に回ったのを感じ、私は驚いて顔を上げた。


『俺も恥ずかしいが、なんだか嬉しいぞ』
「え、へへ…そうだね」
『名前は大胆なんだな、意外に』
「わ、悪かったね!」
『はい、ツンデレご馳走様』
「ツ……。でもこうしてるとさ、直接は聞こえないけど、声が、届くような気がして」
『本当にか』
「息に交じって聞こえたり、心音から伝わってきたりとか」


私は言いながら片方の耳を強く笛吹君の心臓の辺りに押し付けた。思った以上に、鼓動がどくどくと激しくて、驚いた。表情があまり変わってないからこんな場面でも平気なのかと思った。本当に恥ずかしいなんて思ってるのかもしれない。


『あんな事を言った俺が言うのも何だが、音声でしか伝えられなくて申し訳ない』
「全然大丈夫。私の中では笛吹君の気持ちも伝わってるつもりだし」
『そうか、』
「そう」
『では、帰ってきたらボッスンたちに報告しようではないか』
「……う、うん」
『好きだぞ、名前』
「うん!」





毎度の如く初書きは似非だね!
スイッチ夢でした。
20090622




 


あきゅろす。
無料HPエムペ!