非・誘惑的行為


もはや見慣れた風景になっている、凛央のエプロン姿。渋谷家の面々は皆、口を揃えて渋谷家に早く嫁げばいいのにと言う。俺もそう思う。今日も学校から帰宅後、すぐに夕飯の準備をしなくちゃーと慌ててエプロンを装着して料理に取り掛かっていた。あの微妙な腰の紐の解け具合が、あわてんぼうさんだなあーと俺の萌え心をくすぐる。


「誰も夕食を早く作れなんて言ってないんだから、身だしなみくらいしっかり整えろよ」
「あ、ごめん…」
「まあ、いいさ」


あのな、これ言ったらお前というか、保護者の村田健に半殺しにされるかもしれないが、死ぬまでに一度は凛央の裸エプロンを拝めたらいいと思っている。夢見る男のロマンだよな。
凛央の後ろに立って、大人しくしている凛央のエプロンの紐を結びなおしてやる。ふと、目に入った彼女の肩。高い所で髪を結っているせいかよく見える首筋の辺り。魔族で、しかも話でしか聞いた事はないがあの眞王や大賢者と共に戦っていたなんて思えない。こんなほっそりとした身体に一体どれだけのものを背負ってきたのだろう。それを俺が知る事はできないかもしれないし、知った所で理解しきれないかもしれない。それでも、支える事ぐらいはできる。
そういえば凛央は転生を繰り返す中で、様々な職業に就いていたのだろうが、今は何をして生計を立てているのだろうか。身内がいないと言っていたならば、やはりバイトでもしているのだろうか。


「なあ、お前今まで生活費とかってどうしていたんだ?もしかして、あの村田から…」
「それは無いわ。うん、バイトはしてるよ」
「差し支えなければ、教えて欲しいんだが」
「夜の…」
「なにー!?よ、夜、だと!」
「ちょっとちょっと、勘違いしないで!変な意味ではな い で す!夜間外来の、ね。外科限定で」


凛央の発言に首を傾げた。彼女は医師免許なんて持ってないし、そもそも医療事務じゃなく、医者のアルバイトなんてあっただろうか。そんなの聞いた事がない。まあ何度も転生していれば、いつかの時に医者に就いていたという事も十分考えられるけれども。


「私の家の近くに、地球産魔族の方が院長の外科があって。そこで私の治癒能力を披露したらあっさり雇ってもらえたのよ」
「治癒…?あ、あの大賢者様に使ってたってやつか」


凛央はこくんと頷いた。地球にも魔族がいるっていうのは本当に助かる。普通の病院じゃ、まず胡散臭いマジックだと思われて、相手にもしてもらえないだろう。魔術の力は俺も目の当たりにしている。それこそ、文句を言うつもりは無いが、日本の医療技術よりも確実で、痛くない。二次元にしか存在しないであろう回復魔法そのものなのだから。
思えば俺は、今までに凛央の魔術を見た事がない。治癒術と言うのだから怪我なら何でも治してくれるだろう。昨日、ギャルゲーをゆーちゃんにやらせようとしたら、思い切りキレやがって俺に向かって部屋のありとあらゆる物を投げてきた。大怪我は無いのだが、胸元に当たった小学校の頃を思い出す三十センチ定規に切り傷を負わせられた。それだけではないが、とりあえずそこと、容赦ないゆーちゃんが投げた硬球が背中に当たった。それもまた、痛い。昨晩は背中をつけて眠れなかった。


「ちょっと、凛央のそれで治して欲しい所があるんだが」
「いいけど…、どこ?」
「魔力を消費するならあまり多用させたくないしな。鎖骨の辺りと背中。礼は、俺の体で払ってやろう!」
「しね!」
「…それは無いだろう!俺、悲しい…」
「冗談よ。勝利は特別だからそういうのは気にしないで、ね?」


治すから、と上の服を脱ぐように言われた。幸い我が家には俺と凛央しかいないのでこの状況に文句を言われる心配はない。羽織っていたジャケットと中に着ていた薄い長袖シャツを脱いで、完了。今日は比較的暖かい日なので、上が真っ裸でも問題はない。
凛央の方を振り返り、見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。治療…なんですよね…?凛央さん。


「まさかと思うが、お前、バイトの時も一々そうやって照れてるんじゃないよな…?」
「え、まさか。それは無いんだけど…、あらためて勝利の、その…、見ちゃうと照れるっていうか」
「いやそこは照れるとこじゃないだろ!変なことするわけじゃないし、初めて見るわけじゃないだろうに」
「わ、わかってる!」


泣きそうな顔でこっちを見る凛央は激しく可愛い。くそ、ちょっと危険だ。理性が揺らぎそうだ。未来の都知事、いや地球の魔王の俺がここで我慢できなくてどうする。いつでも来い、と俺はリビングのソファに腰掛けると凛央が俺の隣に座った。その次の瞬間、己の太ももに俺のでない…凛央の手が触れた。ドキ、と心臓が大きく高鳴る。少し緊張し始めた。


「ちょ、あの、お前待て!さそっ…てるわけじゃあ…無いよ、な?」
「違うから!治療って言ってるでしょう!勝利、恥ずかしいから本当、ちょっとそういうこと言わないでね」


そこまで言った凛央の口が、俺の鎖骨の辺り…傷口に寄せられた。その部分に凛央の唇の柔らかい感触が直に伝わってくる。だが、徐々に柔らかく包まれるような感じがして、傷口に広がる痛みが消えていく。少しくすぐったいのだが酷く心地良い。これは…いいかもしれない、と不謹慎にも思っていると知らない間に治療は終わっていた。


「おしまい」
「あ、ああ。ありがとう。凛央は患者全員にこうやっているのか?その…、口付けて」
「ううん。さすがにそれはしない。直接やったら私にも菌が感染するかもしれないから。…一応、私だって相手は選びます」
「そうか」
「あと背中も、よね?」
「頼む」


真面目な治療なのに、なぜか行為中の場にいる雰囲気に囚われる。自分は阿呆だ。背中に感じる温かみが、どうにもその時の気持ちよさに似ているから。ごめんな、凛央。本当にすまん。つい、小さく声を上げてしまうと、後頭部を思いっきり叩かれた。だから俺も上げたくて声を上げてるわけじゃないんだぞ!



******

わざわざ、ちゅーしなくても魔術は使えるんですけどね、ヒロインちゃん。勝利を驚かせたかったらしいです。
20090404




 


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!