差し伸べられた優しさ:8



その場に立ち尽くしていた私はルーファウスに顔を覗きこまれ漸く我に返った。考えてみればここは神羅カンパニービル。周囲には沢山の社員もいるのに何をしているのだろう、凄く恥ずかしかった。気が付けばあの秘書の女性がいなくなっていた。どこに行ったのか?と半歩前を歩く彼に聞いた。普段は秘書を連れ歩かないと言っている。
…それが本当かどうかわからないけど、納得してみせた。ルーファウスの言っていることが嘘か本当か確実に見抜く事はできないし、それが嘘だったとしても驚きはしない。


「お久し振りです、副社長」
「ああ…」
「(久し振り…?)」


エレベーターに乗り、最上階へと向かう。それにしても、途中で乗り込んでくる社員の人に久し振りと何度も言われる。ルーファウスはいつもこのビルに出勤しているのではないのか?私にとってはどうでもいい事だけど、ふと気になった。


「あの、ルーファウス様」
「なんだ」
「いつもここに仕事しに行っているのでは無いのですか?」
「…そうだな。普段は親父に別な所に飛ばされる事が多い。私が神羅にいるとやり辛いのだろう。無駄な事だがな」
「そうですか…」
「ああ、忘れていた。寄る場所がある。お前も来い」
「?…は、はい」


あれだけ朝からルーファウスの言動を不審に思っていたのになぜ気付けなかったのだろうか。気付けないというよりもストレスや精神的な疲れの所為で眠れていなくて、頭がぼうっとしていた所為なのか。彼の笑みが僅かに変わった事、そして彼によって押されたボタンの文字、49に何も疑問を持たなかった事。私が気付くのは、その階に着いてフロアに出た時だった。


「…ここに、な、にか…あるのですか?」
「これから世話になるだろうヤツに挨拶に行かねばならない」
「お世話…に…?」


嫌な予感がした。ソルジャーのフロアを歩けば自然と私の方へ視線が集まるのは、平気。気にしてる余裕が無かったのもあるけれど。勿論、私の頭に浮かんだ"彼"とは限らない。ここにだって統括という方がいる様だし会いに行くのはその人なのだ。きっと、そうだ。ルーファウスと並んで歩く姿を"彼"にだけは見られたくない。詳しい話も全部知っているけれど、それとこれは別の話で。必死に目立たないように顔を俯かせて歩いていた。
すると、私の頭と何かがぶつかった。ルーファウスの背中があった。下を見ていたから止まった事に気付けなかった。ゆっくりとした動作で視線を上げると、思わず目を大きく見開いてしまっていた。


「…せ、ふぃ…」
「丁度いいところにいたな、セフィロス」
「ルーファウス…。何か、用か」
「場所を変えた方がいいのではないか」
「いや、ここで構わん」


急に、肩に何かが触れていると感じた。彼の―…セフィロスの指じゃない。彼の指はもっと大きかった。骨張っていた。決してルーファウスの手が小さいわけではなくて、ただ、セフィロスが触れたのではないと言う事。それによって私はルーファウスに引き寄せられた。もう、何が何だかわからなくて抵抗しようという気すら湧かなかった。何ができたかと言えばセフィロスに戸惑いの視線を送ることくらいで。


「私の妻になる、***だ。何かとお前に世話になることがあるかもしれないからな、挨拶をしよう、と」
「そう…か」
「***、挨拶しろ」
「…!はい。あ、あの、***…です」


初対面でもないのになんだか可笑しかった。顔を上げる事もできず、なんとなく色んな所に視線を向けていると、黒い革の手袋が嵌められた手が差し出された。セフィロスの手…。私はそれを迷わず握り返した。強く、強く。彼からしたら微力なものかもしれないけど、離れたくなくて、このまま逃げ出したくて。無理だけど、そんな願いが伝わって欲しい…。
不意に、セフィロスの手の力が強くなった。はっとして顔を上に持ち上げると、細められた瞳がこちらを向いていた。胸がぎゅ、と締め付けられて涙腺がどんどん緩まっていくのを感じた。駄目だよ…、泣いちゃ…。それほどまでに彼の瞳は優しかった。


「そろそろいいかな?失礼させてもらう」
「…わかった」
「行くぞ、***」
「……はい、」
「ああ…、それとセフィロス。くれぐれも変な気は起こすなよ。お前は只の、護衛だからな」
「………」


そう言って先に戻り始めたルーファウスを追うように私も歩を進めた。ちらりとセフィロスの方を見ると、拳を強く握っているのを見てしまった。ルーファウスに気付かれないように、首を横に振るのが精一杯だった。




(違う、と叫ぶ事も出来なくて)


頑張れ、セフィロス…
20090221








あきゅろす。
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