差し伸べられた優しさ:7



翌朝。いつも通りの時刻に目覚め、顔を洗ってから服を着替える。ここ数日はそれすらもだるく、気が重かったのになんだか今日はスッキリとしている。もやもやと霧に覆われていた心も晴れてきたように思える。きっと、セフィロスのお陰。昨日はルーファウスには気付かれないように静かに時を過ごし、その後セフィロスはどこから取り出したのか、とても長い刀で窓に掛かっていた鍵を壊して出て行った。それを思い出すと無意識の内に口元は緩み笑んでいた。


「―…***、今日はいつもより遅いお目覚めだったな」
「る、ルーファウス…様!?あの…」
「何を突っ立っているんだ、朝食を作るのはお前しかいないんだ」
「…はい…っ」


一瞬にして私の思考も動作も止まってしまった。リビングに入るといつも空いているはずの席に金髪の、スーツでなくゆったりとした服を着たルーファウスが優雅、それがぴったり似合う様子で椅子に腰掛けていた。それに、彼は何と言った…?朝食、なんて。何を作っても見向きもしてくれなかった彼が私に作れと言うのだ。今更何を企んでいるのだと疑いたくもなるけれど、それでも純粋に、幾らか和らいだ視線を向けてくれるルーファウスが嬉しくて、足早にキッチンへ向かった。例え今の彼に騙されているのだとしても。
朝は出社時間もあるだろうから、軽めに手早く作り、リビングへ戻った。食べてくれるわけも無いのに二人分作って、自分で作った癖にやっぱりルーファウスは興味を持ってくれなかったことに一人ショックを受けて。その時の重い心は無く、この二人分の食事が乗ったトレイを見るのが純粋に嬉しい。


「…いただきます」
「私も頂くとしよう。…急に作らせて悪かった」
「いえ…あの…!体調が悪い訳では…ありませんよね」
「別に、何も?それより***、早く食して出かける支度をしろ。今日はお前も神羅へ行くぞ」
「……え…?」


今まで外には絶対出るなと、私を閉じ込めておいた人が一体何を言い出すのだと思ってしまった。驚いて、食事をする手を止めていると、ルーファウスは私は妻なのだから神羅へ行くことに何も問題は無いだろうと、言う。素直には喜べなくて、彼に了解の返事をした私の声は思った以上に無機質だった。明らかに今日は表情も口調もおかしい、本当に突然で警戒せずにはいられないのだ。



――――



邸の門の前に来た車に二人で乗り込み、社へと向かって走り出す。車に乗らないようになって一月も満たないのに、シートの座り心地も、車の機械音も全てが懐かしく思える。悪い意味だけどルーファウスの邸での生活がそれほど濃いものだったのね、きっと。
考え事をしているとあっという間に神羅カンパニーに着いてしまっていた。もう、窓から外を見てもビルの最上階は見えないくらい。それから数分もしないうちに玄関の近くに車が寄せられ、停車した。ルーファウスが先に反対のドアから出て、その後に運転手の見知らぬタークスの人にドアを開けてもらった。ルーファウスにエスコートされるのは、マナーの関係上で何らおかしい事ではないのに、やっぱり慣れない。変に優しくなった所為もあるけれど。


「…お早う御座います、副社長」
「ああ…。今日の予定は」
「はい、本日は……」


恐らく秘書である女性がルーファウスの隣にやって来て、今日のスケジュールを聞きやすいテンポですらすら読み上げていく。私はできるだけ目立たないように彼の後方で視線を下げて大人しくしていた。ただ、彼においていかれないように足元を注意して見て。


「それで、あの、副社長。そちらの方は…?」
「…お前には言っておいても構わないか。近々私の妻になる、***だ。***、挨拶を」
「は、はい。初めまして***言う者です」
「そう…ですか」


人前だからなのか、ルーファウスはさも親しいかのように私の肩に手を添えてくる。あのセフィロスの時とは違う。嫌悪を覚えるわけではないけど、自然と身構えてしまう自分がいた。秘書の方からは棘の雑じった視線が向けられた。きっと、彼女はルーファウスが好きなんだわ。私は、決してルーファウスの事を愛しているのではないと言えたらいいのに。
その女性も一緒に社内の入って、エレベーターの方へ向かった。私の服は仕事をする服装ではないし、完全に視線を集めるのにはいい物。周囲の人々からの視線を感じて、俯き加減だった私は更に下を向いてしまう。が、階段を目の前にして、視界に入ってきたルーファウスの手に、思わずそちらを見ていた。


「……ッ!」
「…?どうした、」
「何でも、な…い…です」
「そうか?階段は転ばぬように気をつけろ」


思わず呼吸が止まってしまいそうになった。私を見るルーファウスの目はどこまでも優しいもの、それなのに、その瞳に恐怖を感じざるを得なかった。優しい表情、穏やかな口調はまるで仮面を付けた別人のように感じられて。初めて彼に向けられた氷のような視線よりも、もっともっと怖くて、悪寒が止まらないのだ。今、私の目の前にいるのは正真正銘、ルーファウスその人なのに、機械で造られた偽者みたいだ。
私が少しでも願ったルーファウスが、これなんじゃないの?そう、自分に問いただしてみても頷くことができなかった。
私は、やっと気付いた。あの家で向けられる、冷たくも遠慮の無い言動それこそが…本物の彼なのだ、きっと。




(決してあの氷の瞳が好きな訳ではない、でも作られた笑みを見せるくらいならいっそ私を凍てつかせる位のあの素でいて欲しい)


なんて言いつつ偽者スマイルでも見つめられたら幸せじゃないかと思うんですよね。
20090201








あきゅろす。
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