差し伸べられた優しさ:4



私の部屋と宛がわれた一室に荷物だけ置いてから、ルーファウス邸のリビングへ案内された。予想通り、邸内はとても広くてすぐに場所を把握するのは難しそうだ。今はシスネが先導してくれているからいいものの…。ルーファウスはそこにある革張りのソファに腰掛けていた。


「漸く来たか」
「遅くなってすみません」
「まあ、いい。話しておかねばならんことがある。まずは、世間を騒がすような行動は慎め。そして私が許可しない限り、この邸を出てはならない」
「…はい」
「式を挙げるのは大分先になる。それまでは公に知られたくない」


それに頷く。話はもう終わりらしく、俯いていた顔を少しだけ上げてみるとルーファウスの表情は、ほんの…ほんの少しだけ和らいでいた。


「あの、シスネさんはもうここには来ないのですか?」
「…そうね。今日は偶々***様のお手伝いで来ただけですし、本来なら副社長に着いて行くのは玄関までですから」
「そうですよね…」
「副社長はね、育った環境が複雑だったらしいからなかなか他人を受け入れられない様ですよ。辛いかもしれないけど、もしかしたら***様に心を開いてくれるかもしれません」


そう言うとシスネは会社に戻るのだと部屋から出て行ってしまった。慌ててお見送りに玄関まで駆けるとシスネは 機会があればまた会おう と言ってくれた。そこでふと、立ち止まり考えた。神羅にいた時は自分のことで頭が一杯だったけれど、思えば、ルーファウスがプレジデントに話しかける声調が無機質だった様な気がした。普段を見た事がないから確実ではないけれどそうではなく、私に話しかける時のそれと同じだった。ただ単に嫌われているわけではないのだと、思ってもいいの…かな…。




*****



それから一週間ほど経って。
未だに私はこの邸に馴染めなかった。居心地が悪い。何故かと言えば、何もする事がないというのもひとつある。実家から持ってきたものがなければ何もしない事が苦痛と感じていたと思う。元々、父は外で自由に遊ばせてくれなかったけれど、あちらでは稽古があって何かと忙しかった。けれどここではそれすらもやる事がないから、たった一週間でも気分が落ち込んできているように感じた。ルーファウスとはほとんど会っていなくて、当たり前と言えば当たり前なのだけど。朝に会ったり、夜に見かけたり。
何かやることは無いのか、と、やっと把握し始めた邸内を歩く事にした。真っ先に向かったのはやっぱりリビング。人が誰もいないと、とても淋しく感じられた。そこから奥の廊下へ視線をやるとキッチン…というか少し小さな厨房を見つけた。ピンと頭に浮かんだ事をやろうと一直線に歩を進めていた。


「あの、すみません」
「これは***様。いかがなされましたか?」
「…キッチンお借りしてもいいですか?」
「と、とんでもございません!貴女様にお料理をさせるなど…!」
「趣味だ、って言っても駄目…ですか…」
「………わかりました。怪我はなされないように、お願いします。ルーファウス様が心配します」
「そう、ですね」


心配なんてするわけないわ、とは言えなかった。ルーファウスの事を悪く言うつもりは無いが、それでもシェフの方たちは思っていたよりも優しい方々ばかりだった。実家でやっていた稽古とは別に料理の方も勉強をしていた。彼が私に対していい感情を持ってくれていなくても、忙しい彼に手作りの食事を摂ってもらいたいとは思っていた。きっと栄養バランスなんて考えていないだろうから。
趣味、と言いつつただ無心で作り続けていたら知らぬ間に外が薄暗くなっていた。私が最後に時計を見たときはまだ午後の3時過ぎだったはず。脇にある台には数品のおかずが出来上がっていた。結局私は、夕食を立派に完成させてしまったみたい。ルーファウス…は食べてくれるかわからないけれど、その時はメイドさんかシェフの方に食べてもらおう。そう思った瞬間、背後から足音と共に溜め息が聞こえた。


「…お前は、何をしているんだ」
「ルーファウス様…何故ここに…」
「部屋から物音が聞こえないからメイドに聞いただけだ。それで、何をしている」
「見ての通り料理を」
「……そうやって無駄なことをするなと、私は言ったつもりなのだが」
「無駄ではありません。私だって貴方様の意思でないにしろ一人の妻になります。貴方の体調の心配くらいします」
「そういうのを無駄だといっているんだ。私の身分に同情したつもりなのか?」
「私を嫌う方に同情だけでこんなことはできません。ただ、…のお節介です」


勝手にしろ、と言い出て行ってしまった。どうしよう、と考えているとメイドさんが通りかかったので手伝ってもらって食事をリビングへ運んでもらう事にした。結局ルーファウスはここには来ず、独りで摂ることになった。彼はたとえここで食事を摂らなくても外との繋がりがあって、外で何でもできる。でも、私は外にも出られなくて、行動を制限されてしまい、ここにいるしかない。独りでいる今がとても孤独に思えて仕方が無かった。
それでも、いつか貴方も一緒にここに座ってくれるのだと信じていつもいつも食事、作っておいたのに向かいの席はいつも空いていた。




(父は彼の本当を知らなかったのか、それとも知っていて私を苦しめようとしたのか)


…もうルーファウス夢になりそうだ…。
20090121








あきゅろす。
無料HPエムペ!