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▼05.理由は15文字以内で
「――――縫。何故お前は謙信様に反抗的なんだ!」

「違うね。かすがが忠実過ぎるんだよ」

 巨大な凧で気流を滑空しながら、二人は応酬する。


 そもそも空からの侵入は、鬼兵が養成されていると予測される山中は環境が厳しく、陸路からの侵入は極めて困難と判断したからだが。当然、人気のない空は盗聴の危険もないため、待ってましたとばかりに、縫の態度を不満に思っていたかすがが早速突っ掛かってきた。

「私は前々から感じていたが、お前は忠義に欠けている! 謙信様に目にかけて頂いておきながら、あの態度はなんだ? お前らしくもない」

「だって、別に嬉しくないもの。まあ、かすがに褒めてもらえるなら、考えてもいいけどね。嬉しいから」

 サラリと【上杉謙信よりもかすがが好き】と明言した美少女に、うっと息を詰まらせる気配がする。

 忍にあるまじきくらい、本当に感情表現の豊かなくのいちだ。弟子である霧隠才蔵もそこそこ感情の起伏が激しいツッコミ体質だったが、かすがの癇癪はそれの上をゆく。まあ、そこらへんも込みで全てがいとおしいんだけれども。


 脳内で色々危険な縫は愛しい愛しい女に向かって、にっこりと微笑んだ。当たり前だが、かすがの反応は微妙だ。

「…………謙信様に下心あって近づいているわけではないのは良いが、あの御方に心酔できないのも気に入らない! どうにかしろ」

「おやおや、我が儘で忠誠心の強いかすがらしい、難しい要望だね。主君に一途なくのいち…………。まったく、かすがは甲賀流忍者の典型なんだから」

「……どういう意味だ?」

「私みたいな伊賀流忍者とは思想が違うねってこと」

 思想の相違による、在り方の違い。それこそが、山一つしか隔てていない伊賀流と甲賀流の最大の差異である。

「甲賀忍者は里全体で、唯一一人の主君と契約し、従属し続けるでしょう? かすがも里を裏切る前は武田に仕えていたはず。甲賀は基本的に一途で、移り気がない。だって、里がそういう形で存続していて、そういう教育を施しているから。大なり小なり甲賀流忍者はみぃんな主君に忠義を尽くしている。良い証拠が、上田の猿飛佐助だよ。…………かすがもね」

 越後の上杉謙信に。


 かすがは、至極当然といった顔で頷いた。

「主君に忠実で裏のない道具。忍とはそうあるべきだ」

「参ったな。伊賀は違うよ?」

 全然参ってない声で、縫は困ったように頬を掻く。

「伊賀の里は従属契約なんかしないもの。伊賀流の最大の特徴は【無情】と【即席】。金銭による契約以上の関わりを雇い主との間に持たない流儀。これは、甲賀の常識に反するんじゃないかな。だって、依頼を受ければどの国にも派遣して仕事をしちゃうから。豊臣なら、豊臣に。織田なら、織田に。同じ戦で両軍から欲されて、どちらにも伊賀忍者を投入した結果の、同郷同士の殺し合いなんてザラにあるもの」

 例え同郷だからといって遠慮することなく非情になるのが、伊賀の常識だ。

「基本的にその場限りの奉公だから、伊賀流忍者に忠誠心なんてこれっぽっちもないの」

 その点、縫――――いや、百地三太夫の一番弟子である霧隠才蔵は、伊賀らしくない得意な例と言っても過言ではないだろう。そこが気に入って、育てたのだけれど。

「…………その薄情さ、理解できない」

「かすがは情深い優しい性格だものね」

 ニコニコ微笑みながら素早く言い返すと、かすがはちょっと頬を赤らめて「うるさい」と声を張った。

 うーん。可愛い。見え見えな照れ隠し。

「そう言うお前は、典型的な伊賀流忍者の性質を全面的に出し過ぎだ。だいたい、さして謙信様を慕ってもいないくせに、何を思って上杉軍の門を叩いたりしたんだ。あの御方に失礼だ!」

「……………………かすがは、私に興味があるの?」

「何でそうなる……!」

 …………何だ、違ったのか。少しは僕に気を持たせてくれたっていいのに。

 縫は若干ガッカリしながらも、適当な言い訳を紡ぐために口を開いた。

「服部半蔵って知ってる?」

「徳川家康の元で重用される家臣であり、また、忍で編成された隊の長である一流の忍。確か、現当主で二代目服部半蔵だとか。色々とやりにくい男だと聞くが…………」

「私と同じく伊賀忍者の上忍なんだ。服部半蔵って」

 しかも伊賀忍者の頭目三人衆のうちの一人。すごいよねぇ。

 素晴らしい手さばきで巨大凧を操りながら、のほほんとした調子で縫は言う。

「伊賀には誉れ高き最高峰の忍がいてね。全ての始まり、里の源、伊賀忍術の始祖――――百地三太夫。甲賀との境である湯舟郷を支配し、伊賀と甲賀のどちらにも多くの配下がいる影響者――――藤林長門守(ながとのかみ)。徳川伊賀忍軍の頭領として活躍し、槍の名手でもあるため最早武将としての扱いを受けている猛者――――服部半蔵。これらを総じて伊賀三大上忍と言う」

「ああ。百地三太夫については、有名過ぎて色々な噂が飛び交っているな。真田幸村のところの霧隠才蔵を教育し、今は石川五右衛門という巨漢の弟子がいるらしいが……」

 ああ……! あの美しい唇が僕の名を紡ぎ、僕の情報をなぞり、かすがが僕について想いを馳せている…………!! 何と甘美なことか。やばい。癖になってしまいそうだ。


 縫は掴んでいる凧の角度を絶妙に変えて、かすがから、危なすぎる恍惚の表情を巧く見えないようにした。脳内の理性に留め具は無くとも、そんぐらいの自覚はある。

「それで、その三大上忍がどうかしたのか」

「服部半蔵は徳川家康に、まるで甲賀流忍者みたいに一途に従っている。伊賀の最新情報によれば、武田の軍司――――山本勘助は、忍の何たるかを藤林長門守に伝授してもらったみたいなんだ。端的に言えば、私も【御贔屓奉公】っていうのがどんな感じなのか、興味があったってことだよ」

「そ、そんな理由で謙信様にお仕えし出したのか?」

「動機は不純なほうが、長続きするんだよ。これは私の座右の銘なんだけども」

 まあ、本当はお前に一目惚れして追っかけて来ただけなんだけれどね。

 唖然としているかすがの可愛らしい一面に、縫はくすりと笑みを深くして地上を見下ろした。





(おや。愛しいお前。僕たちの下は、既に甲斐のようだよ?)

[▽モドル]

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