オリジナル小説
別れの理由


ーーー亮は何にも分かってないのね・・・私達、もう別れよ・・・



数日前、付き合っていた彼女・真由香に一方的に別れを告げられてから、亮は真由香の事ばかりを考えていた

(急にどうして・・・)

いきなりそんな事を言われた亮はただ困惑するばかりだった

確かに最近の真由香は一緒にいてもどこか元気がないというか、どことなく距離は感じていたものの、亮は確かに真由香のことが好きだったし、別れるきっかけとなるような出来事も無かったはずだ

元々短気だったので些細な喧嘩はあったが、これといって思い当たる節は無い

亮は最近までチームの頭をやっていて、短気で喧嘩っ早い性格も災いしてか他校からも恐れられていたが、真由香と付き合いだしてからはチームを抜け、悪い連中とつるむこともなくなり真面目に学校にも通うようになっていた

亮は突然別れを告げられた理由を聞きたくて、真由香の携帯に電話をかけた

しかしコール音が虚しく響くだけで真由香が出る気配はない

「俺のせいで真由香に辛い思いさせてたならごめん。出来ればもう一度会って話がしたい。連絡待ってる」

そうメールを送ったが、その日、真由香からの返事は返ってこなかった
 
何日か過ぎた頃、真由香から一件のメールが送られてきた

「明後日の1時に亮の家の近くにある公園で、もう一度だけ会うわ」

(明後日、か・・・)
 
5月30日ーーー

この日は二人にとって始まりとも言える特別な日だった





そうして約束の日の朝がやってきた

今日は真由香と会う日だ

情けない話だが、離れてみて初めてその大切さが分かった

そして、自分が真由香のことをまだこんなに愛している事にも気付かされた

別れを切り出された理由が知りたい

けれど、それよりもただ真由香の側にいたかった

何気ない話をして、あの笑顔を見ていられるだけで良かった

"もう一度付き合っていた頃に戻りたい"

それが亮のただ一つの願いだった

「真由香・・・」

ポツリと呟いた声は、静かな部屋に吸い込まれるかのように消えていく





ピーンポーン――‥





その時、不意に玄関のチャイムが鳴った

「はい、どちら様・・・」
 
亮は相手を確認もせず玄関を開けた

 
グサッ――‥


「っ・・・!?」

一瞬何が起きたのか分からなかった

ドンという衝撃の後に焼けるような熱さと痛みが同時に襲ってきて呼吸が一瞬止まる

なんとか意識的に呼吸を繰り返しながら、今の自分の状態と相手の顔を見た

自分の腹にはナイフが深々と刺さっており、手で傷口を押さえると真っ赤な血が付いた

(っ・・・まじかよ・・・)

襲ってくる痛みに顔を歪ませながらも目の前に立っている相手をきつく睨む
 
相手は亮が頭をやっていた時に何かと争っていた別のチームの幹部である大塚とその取り巻き連中だった
 
大塚らは亮がチームを抜けたのを知って、今までの仕返しをしようと家を突き止め乗り込んできたのだった

「テメェら、舐めた真似しやがって・・・っ」 
 
「チームを抜けたんだってなぁ?これでお前をボコっても、誰一人助けに来る奴も仕返しする奴もいなくなったってわけだ。へっ、ざまぁみろ!」

大塚の言葉に亮が鼻で笑う

「はっ、それで手下連れて人ん家まで来て・・・挙げ句、不意をついて武器使って"勝ち"かよ・・・情ねぇ」

「うるせぇ!テメェだって逃げたんだろーが!」

カッとなった大塚は亮の腹に刺さったナイフを力任せに引き抜いた

「ぐああっ!!!」

腹を抉られるような激痛が走り、思わず叫ぶ

痛みでどうにかなりそうだったが、それを大塚達に悟られるのはプライドが許さなかった

倒れそうになる身体を気力で支え、なんとか言葉を絞り出す

「・・・俺は・・・逃げた覚えはねぇ・・・!文句があるなら、・・・っ・・・卑怯な手使ってねぇで、正面から来いよ・・・くっ・・・ハァハァ」

だが大塚達は下卑た笑いを浮かべる

「痛そうだなぁ、早く病院行かねぇと死んじまうぜ?」

「っ、余計な・・・お世話だ・・・」

「相変わらず威勢だけはいいな。まっ、何にせよ良い気味だ。せいぜいそこで死にそうになってな」
 
大塚はニヤつきながらそう捨て台詞を吐き、取り巻きと共にその場を去って行った





残された亮は玄関を閉めるとズルズルとその場にしゃがみ込み苦しそうに息をつく

「あー、くそ・・・痛ぇ・・・」

顔からは血の気が失せ、傷口からは血が流れて服を真っ赤に染めていた
 
「・・・よりによってこんな時に・・・ハァハァ」


ーーー明後日の1時に亮の家の近くにある公園で、もう一度だけ会うわ


真由香から来たメールの文面を思い出す

「っ・・・取り敢えず血、止めないとな・・・」
 
亮は痛む傷を押さえ、ふらつきながら立ち上がる

そして近くに置いてあったタオルを数枚取り、それを傷口に当ててベッドへ向かった

だが傷の痛みと出血でまともに歩けず、時折壁に寄り掛かりながらやっとのことでベッドまで辿り着いた

「やべ・・・流石に、きついかも・・・」

亮は身体に力が入らなくなり、そのまま崩れるように倒れ込んだ

(大塚の野郎・・・思いっきり刺しやがって・・・)

今まで不良との喧嘩で殴られたり切りつけられたりは慣れていたが、今回はそれとはわけが違う

かなり深くまで刺された感覚があった

実際、大塚が刺したときにはナイフの柄が辛うじて出ている程度で、刃の部分はほとんど見えてはいなかった

(これ・・・本当に死ぬかもな・・・)

亮の口からははっ、と乾いた笑いが零れた





そのまま暫くベッドに横たわり休んでいた亮だったが、時計が11時を過ぎた辺りで起き上がり出掛ける支度を始めた

血で汚れた服を脱ぎ、濡れたタオルで傷口のまわりに付いた血を拭く

止血をしたので血は何とか止まったが、傷は相当なもので、動く度に襲ってくる痛みに耐えながらやっとの事で手当をして服を着替えた

「はぁ・・・何とか出来たな・・・痛っ・・・ハァハァ」

そうこうしているうちに、真由香との待ち合わせ時間が近付いてきた

亮は痛みに耐えながら呟く

「頼むから・・・今日だけ・・・真由香と会う間だけでいいから・・・もってくれ」





待ち合わせ場所である家から数分の距離にある公園に着いたが、まだ真由香の姿は無く亮は近くのベンチに腰掛けた

ここは二人の待ち合わせ場所としてよく使っていた公園だ

ここのベンチにも幾度となく座り、真由香と色々な話をした

「・・・ふぅ・・・なんか、緊張してきたな・・・」
 
それから少しして、真由香が向こうからやってくるのが見えた

(真由香・・・)

久しぶりに見る真由香の顔は少し大人びて見えた

「久しぶり、真由香」

「うん、久しぶり」

亮の隣に静かに腰をおろした真由香はそう言って少しはにかんだ

(真由香は俺と別れてからどうしてたんだろう・・・もしかして、もう新しい彼氏いたりして・・・)

「元気だったか?その・・・俺と別れてから、何か変わったこととかあった?・・・新しい彼氏が出来た、とか・・・」

「ふふっ、そんな事気にしてるんだ?」

「俺は・・・その・・・今でも真由香のことが・・・好き、だから・・・」

最後の方は聞こえるか聞こえないかの小さな声になってしまった

そんな亮を横目に真由香は敢えて話を逸らすように話題を変えた

「ねぇ、それより学校は行ってるの?」

彼氏がいるか?との質問に返事を返さなかった真由香に亮はやっぱり、と少し寂しい気持ちになったが、今更後悔しても遅い

「・・・ん?ああ、まぁ、一応な・・・」

「そっか、ちゃんと真面目に通ってるんだね」

そうして真由香と他愛ない話をしていた亮だったが、痛みを堪えるのもそろそろ限界に近付いてきたようで徐々に意識が朦朧とし始めた

痛みに耐えるため爪が食い込むほど握りしめた掌は、温度を無くし冷たくなっていた

それでも真由香に悟られまいとして、顔を俯いて隠し必死に痛みに耐える

「ねぇ、亮・・・どうかしたの?」

流石に異変に気付いた真由香が心配そうに亮の顔を覗き込んだ

「どうしたの?どっか苦しいの?」
 
「いや・・・何でもないよ・・・」

しかし、亮は真由香に気付かれたくなくて、笑顔を作り首を横に降る

「また、何でもないって・・・いつもそうなのね・・・」

聞こえてきた悲しそうな真由香の声に亮が顔を上げる

「真由香・・・?」

「そうやって一人で抱え込んで、私には頼ったり相談もしてくれない・・・私ってそんなに頼りない?信用できないのかな?私、亮といてもいつも不安で・・・寂しかった・・・」

亮が思いもよらないところで、真由香は深く傷付いていたのだ

まさか真由香がそんなことを思っていたとは露ほども考えなかった

(それで、俺と別れようと・・・?)

亮には今の真由香に掛ける言葉が見つからなかった

「もういい・・・私、帰るね」

そう言って立ち上がる真由香にハッとした亮は、引き止めようとベンチから立ち上がりその手を掴んだ

「待って!!」


ズキンッ――‥

 
「うぐっ・・・!!!」

だが、いきなり動いたせいで襲ってきた激痛に耐えられず呻いてその場に屈み込む

「亮!?しっかりして!亮!どうしたの!?」

「う、・・・あっ・・・くっ・・・はっ、・・・はぁ・・・ハァハァ・・・っ・・・」

痛みで喋るどころか呼吸することもままならない

それでも心配をかけたくなくて必死に呼吸を整えて「大丈夫だから、」と返す

「大丈夫って、血が出てるじゃない!!」

押さえている腹部からは真っ赤な血が滲んでいた

「・・・大した事、ない・・・から・・・ハァハァ」

亮は痛む傷を押さえながら、ゆっくりと立ち上がりベンチに腰掛けた

だが、その顔からは完全に血の気が失せ、額には脂汗が浮かんでいる

「たいしたことないって・・・またそうなの?私には言えないの?私だって亮のこと心配してるのに」

「ごめん・・・真由香・・・」

涙ぐむ真由香を見て、亮は観念したのか此処に来る前に何があったかを話した
 
「そんなっ!何ですぐ病院に行かないの!?」

「良いんだ・・・自業自得、だから・・・ハァハァ・・・バチが当たったんだ、・・・今までしてきたことの・・・当然の報いだよ・・・」

「そんなのおかしいよ!確かに亮は悪いことも沢山してきたかもしれない。でも今はちゃんと変わろうとしてたじゃない」

「それでも・・・俺がしてきたことや、買った恨みは消えることはない・・・」

「そんな・・・」

「まぁ、俺、こんなだから・・・ろくな死に方しないとは思ってたし・・・最後に、真由香に会えたから・・・それで充分かな・・・」

そう言って笑みさえ浮かべる亮に真由香は声を荒げた

「なんでそんなこと笑って言えるの!?」

だが亮は目の前の真由香に向けてもう一度笑った

「俺にとって、真由香はそれだけ大事な存在だったってこと・・・だから、どうしても今日・・・俺達が付き合い始めた5月30日に・・・真由香に会いたかった・・・たとえ、それで死んでも・・・構わないって思った・・・」

「馬鹿だよ!!亮の馬鹿っ・・・!!何で・・・どうして、そんな・・・」

涙を溢れさせた真由香の目尻を指でそっと拭う

「うん、ごめん・・・それでも、後悔はしてないから・・・」





ベンチに腰掛ける亮はぐったりとしていて、もはや自力で身体を支える力さえも残っていないようだった

「私に寄り掛かってて良いからね」

真由香の言葉に甘える形で身体を傾けるが、その状態で身体を支えきれなくて、そのまま座っている真由香の足に頭を乗せる形で横になった

「ありがと・・・じゃ、膝枕・・・して貰おうかな・・・」

冗談っぽくそう言いながら真由香の太腿に頭を乗せるが、真由香はそんな亮の状態を見抜いているようだった

「亮、大丈夫?もうすぐ救急車来るからね?」

真由香がすぐに救急車を呼んだが、おそらく到着までにはそれなりに時間がかかるだろう

苦しそうに肩を上下させ呼吸をしている亮に、真由香はただ声を掛ける事しか出来ないでいた

「・・・うん・・・大丈夫、だから・・・ハァハァ・・・そんな顔、しないで・・・?」

真由香は目に涙を溜めながら、辛そうな表情をしている

「真由香は・・・笑ってる時の・・・方が、可愛い・・・」
 
そう言って亮は真由香に優しく笑いかけた

「亮・・・」

好きな子にはいつも笑っていてほしい

自分のせいで悲しい思いをしてほしくない

けれど目の前の大切な人の涙を止める術は持ち合わせていなかった

(ああ、情ねぇ・・・好きな奴泣かせて、何やってんだよ、俺・・・)



朦朧とする意識の中で死を覚悟した

けれど、叶うなら

もし、もう一度やり直すことが出来るなら

俺はーーー・・



亮は散りそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、真由香と別れてからずっと心の中に抱いていた"願い"を思い切って伝えることにした

「ねぇ、真由香?・・・一つだけ・・・お願いが・・・あるんだけど・・・」

「何?」

告げられる言葉を聞き漏らすまいと真由香が亮の口元に顔を近付ける

「もう一度だけ・・・俺と・・・デート・・・して、くれないかな・・・?」

「え?」

突然言われたその申し出に驚き、言葉に詰まる真由香

だが、それは亮が生きることを諦めていないという証だった

「俺、真由香と別れて分かったんだ・・・ハァハァ・・・どれだけ、真由香の存在が・・・大きくて・・・大切で・・・大好きだったか・・・ゴホッ・・・ハァハァ」

言葉とともに吐き出される咳によって、腹部の傷が激しく痛んだがそれに構わず亮は喋り続ける

「俺さ、・・・ちゃんと、するから・・・真由香のこと・・・もう、不安にさせたり・・・悲しい思い、させない・・・ゴホッ・・・っ・・・だから、・・・も、一度・・・だけ・・・チャンス、・・・ちょ・・・だい?」
 
亮の言葉に真由香の目から堪えていた涙が零れ落ちる

「こんなこと、今更・・・遅いかもしれないけど・・・ハァハァ・・・でも・・・出来ることなら、もう一度・・・やり直したい・・・」

亮の言葉を聞き終えた真由香は自分で涙を拭って、精一杯の笑顔を見せた

「うん、一緒にデートしよ!」

真由香の言葉に亮は驚いたように目を瞠り、そして嬉しそうに微笑んだ
 
「あり、がと・・・ハァハァ・・・っ・・・何処、行きたい?」
 
亮は優しく真由香に問い掛ける

「遊園地がいいな」

「遊園地、か・・・ハァハァ・・・付き合いたての頃・・・よく、行ったっけ・・・」

亮は真由香と行った遊園地を思い浮かべ、同時に楽しかった記憶を思い出した

「ジェットコースター乗って・・・メリーゴーランド乗って・・・コーヒーカップ乗って・・・ハァハァ・・・最後に・・・観覧車乗って・・・っ・・・・一番、高いところで・・・キスしたら・・・真由香・・・真っ赤になって・・・可愛かったな・・・ハァハァ・・・」

そういっている間にも呼吸は段々とゆっくりになっていき、次第に身体の感覚も無くなっていった

もう痛みもほとんど感じない

「もう一度、・・・行きたいなぁ・・・」

ポツリと呟くように言った亮の手を真由香は泣きながら握る

「もう一度行こう、遊園地。ね?約束!」

そういいながら真由香は亮の小指に自分の小指を絡ませた

亮は微かに頷き微笑む

「・・・指、切り・・・げんまん・・・ハァハァ・・・嘘・・・つい、たら・・・針・・・せ・・・ぼん・・・飲・・・ま・・・す・・・」

途切れ途切れになりながらも亮は真由香の顔を見ながら約束の言葉を紡いでいく

真由香はしっかりと指を絡めて亮の次の言葉を待った

「ゆ・・・び・・・・・・きっーーー・・」


スルッ


しかしその先が言われる事は無かった

絡めた指が重力に逆らいきれずポトリと落ちる
 
「・・・亮・・・?」

真由香が見つめる先には微笑みを浮かべたまま、眠るように目を閉じた亮の姿があった

「ねぇ、亮?しっかりして!亮ってば!!」

必死に呼び掛け身体を揺するが亮は目を閉じたままピクリとも動かない

「指切ったって言ってよ!約束・・・デートするんじゃないの?亮!!」

真由香がどんなに呼び掛けても亮がそれに答えることは無かった―――‥





ごめんね、真由香

悲しい思いさせて、たくさん泣かせて・・・

それでも、側にいてくれてありがとう

最後に真由香にもう一度会えて良かった

出来ることなら一緒に遊園地行きたかったけど、

その願いは叶わないみたい・・・

それでも最期の瞬間、真由香とちゃんと心を通わせられた気がしたんだ

だから、俺は幸せだよ

こんな俺をいつも心配して、本気で怒ってくれてありがとう

俺のこと、

好きになってくれてありがとうーーー・・





fin.



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