PEACE MAKER 鐵(土方×沖田)
傷(原作沿い 山南敬介の死後)
私が、この手で殺しましたーー
「こんな汚い手で、あんなに綺麗なあの人を斬ったの?」
「あの人を返してっ・・・あの人の手を出してよ・・・こんな、汚い手・・・いらないっ・・・」
明里につけられた傷にはまだ血が滲んでいた
山南敬介の死から一夜開けた朝、屯所は不気味なくらい静かだった
いつもなら騒がしい小姓が元気に走り回っていたり、三馬鹿トリオがしょうもないことで笑いあったりしているのだが、今日は皆静かだ
山南の死の真相を知る者にも知らぬ者にも、″ 副長・山南敬介の死 ″という事実が心に暗い影を落としていた
「総司、起きてるか?」
朝早く土方が総司の部屋を訪ねてきた
はい、と返事をすると障子がすっと開いて土方が顔を覗かせる
「大丈夫か・・・?」
そう声をかける土方の顔もだいぶ憔悴していた
「土方さんの方こそ、ひどい顔ですよ」
力無く笑う総司の顔を見るなり土方は怪訝そうな顔をする
「寝てないのか」
「どうしても眠れなくて・・・。土方さんこそ、目の下にクマが出来てますよ」
お互いあんなことがあった後だ、眠れなくて当然だろう
土方は黙って総司の横に腰を下ろした
「ごめんなさい・・・」
総司がポツリと呟く
「どうしてお前が謝る」
「私が山南さんを殺した・・・」
辛そうに吐き出される声に土方は何も言えないでいた
「知ってたはずなのに・・・あの人が土方さんを殺そうとするはずなんて無いって、知ってたのに・・・っ私は・・・」
「総司っ、もういい・・・!」
思わず土方は総司のことを抱き締めていた
トクン、トクンと心臓の音が聞こえる
(ああ、温かい・・・私はこの人を、この温もりを、ただ守りたかった・・・)
総司はそのまま目を閉じた
「お前は何も悪くない。だからそれ以上自分を責めるな」
土方は総司のことを胸に抱いたまま、言い聞かせるように頭を優しく撫でた
「・・・はい・・・」
ふと、自分を抱き締める手に力が籠った
それと同時に、土方の圧し殺したような声が聞こえた
「悪いのは俺の方だ。俺がサンナンさんをあそこまで追い詰めた・・・あの人は自分の命と引き換えに俺との約束を守ろうとしてくれたんだ・・・」
「約束・・・?」
「ああ。まだ日野にいた頃だったか、俺はあの人に言ったことがある・・・」
″ 俺の正論の縄を握っててくれないか? ″
「正論の縄、ですか・・・。それで山南さんはあの時あんなことを言ったんですね・・・」
「何かあったのか?」
「少し前に屯所の移転で言い争いになったとき、私は山南さんに『土方さんの言ってることは正論です。でも山南さんの方がもっと正論です』って言ったんです。そしたら山南さんは『ありがとう。君のお陰で大切なことを思い出したよ、』って優しく笑ったんです」
「そうか、そんなことが・・・」
「でも、それからすぐ山南さんは脱走してしまって・・・」
少なくとも、あの時の山南は脱走なんてする気は無かったはずだ
それが何故、急にーー
「おい、総司」
ぼんやり考え込んでいると、ふいに土方に名前を呼ばれた
「お前、その手どうした?」
土方は総司の手を掴み、鋭い視線を向けてくる
しまった、と思い慌てて手を引っ込めようとするが土方がそれを許すはずはなかった
「あっ、・・・これは、その・・・猫に引っ掛かれて・・・」
そんな言い訳が通じるとは思っていないが、咄嗟に嘘をついてしまう
「ちっ、あの吉原の女か・・・」
案の定、土方は苦い顔で舌打ちをした
「土方さん、どうかあの人を責めないで下さい。あの人も突然大切な人を失って辛いのです」
自分が傷つけられて尚、明里を庇おうとする総司に諦めたようにため息をこぼす
「別にあの女に何かするつもりはねぇよ。だが、その傷は手当てさせろ」
「いえ、わざわざ手当てするほどの傷じゃないですから」
断る総司だったが土方はその手を離そうとしない
「他の奴らに見つかったらどう言い訳するつもりだ?」
流石にこの傷では猫に引っ掛かれたでは通用しないだろうし、総司としても余計な詮索はされたくなかった
「・・・お願いします」
「最初から素直に手当てさせときゃいんだよ」
差し出された総司の手を慣れた手付きで手当てしていく
「とりあえずこれでいいだろ。後は何か聞かれたら猫に引っ掛かれたとでも言えばいい」
「はい、ありがとうございます」
「総司、お前が気に病む必要はないんだ。分かったな?」
念を押すように言う土方を安心させる為に総司は柔らかく微笑んだ
「土方さんも、ですよ。あまり自分を責めないで下さい。私達は何があってもその歩みを止めてはいけないんです・・・死んでいった人達の為にも」
山南さん、ごめんなさい
でも私達はこんな方法でしか前に進むことが出来ないんですーー
今まで幾度と無く繰り返してきた
この手はもう罪で汚れきってしまっている
けれど、それでも、あなたが望むなら
私はどれだけ責められようとも
どれだけ血に汚れようとも
その刀を振るい続けるから
だから、どうか
もう少しだけ私に時間をーー
fin.
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