PEACE MAKER 鐵(土方×沖田)
もう一度 ※死ネタ


「早く!!こっちです!此処から逃げてください」

総司はそう言ってある隊士を逃がした

“隊士を逃がす”

それがこの新撰組において、どういうことを示すのか総司にもよく分かっていた

「局ヲ脱スルヲ許サズ」

局中法度に定められたそれを破ることは死ぬことと同義だ

逃げた隊士は見つかれば切腹。逃がした方も切腹か、もしくは重い処罰を受ける

それでも、あの隊士をどうしても病気の母の元へ帰らせてあげたかった・・・





屯所へと戻った総司は、門の前に立っていた人物を見て思わず俯いた

「土方さん・・・」

敏い土方のことだ、月の無い夜に闇に紛れて隊士が脱走を企てていることなど最初からお見通しだったのかもしれない

そして、どこかいつもと違う総司の様子にも気付いていたのだろう

「総司、こっちへ来い」

土方はそう言うと総司の腕を掴んで無理矢理に歩かせた

「痛っ、土方さん離して下さい!土方さん!」

「いいから来い」

抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、強引に引きずられるようにして連れて来られたのは土方の部屋だった





「ここに座れ。俺が何を言いたいのか分かるだろう」

土方の怒気を含んだ声に総司は思わずビクリとする

「何故あの隊士を逃がした?」

理由を問う土方だったが、総司は理由を話そうとはしなかった

代わりに小さく、ごめんなさい、と呟き俯いた

「あくまで理由を話すつもりはない、ということか。まぁいい、あの隊士もすでに別動隊が斬ったとの報告が入っている」

無情な土方の言葉に総司が弾かれたように顔を上げる

「どうしてっ・・・!」

「例えどんな理由があろうと、隊を脱走すればどうなるかはお前もよく知っているはずだ」

だから逃がす手助けをしたのだろう?と言外に匂わせて土方は総司を見つめた

「とにかく今回のことは騒ぎにならない様、内々に処理をする。それと、お前は当分の間謹慎だ。分かったらとっとと出ていけ」

冷たく言い放つ土方に総司は分かりました、と告げ部屋を出ていった





自室に戻った総司はぺたりと床に座り込んだ

さっきまでのことが走馬灯のように駆け巡る

別れ際の隊士の顔が頭から離れない

(私は・・・)

規律違反を犯し隊士を逃がしたことはもちろんいけないことだが、自分が間違ったことをしたとは思わない

けれど結局逃がした隊士は捕らえられ殺されてしまった

「う"っ・・・!」

(っ・・・気持ち、悪い・・・)

総司は吐き気を感じ口元に手を当てた

「ゴホッ、ゴホッ・・・ぐっ・・・」


ゴホッーー!!!


一際大きな咳とともに手のひらに吐き出されたのは真っ赤な血

それをどこかぼんやりと眺めて、総司は隊士との話を思い出した



ーーー父親から手紙が来て、母が病気でもう長くないって・・・死ぬ前に一目だけでも良いから俺に会いたがってるって書いてありました

ーーー今まで散々苦労かけてきたのに、俺、親孝行らしいこと何にもしてないんです。京に出てくる時も喧嘩別れみたいに家飛び出して

ーーー最後にどうしても会って、今まで言えなかったことや感謝の言葉を伝えたいんです



そして遠い地にいるであろう隊士の母親に想いを馳せた

病に臥せり、死を悟ったとき、大切な人に会いたいと思う気持ちは痛いほど分かる

自分も同じだから・・・

(ごめんなさい、・・・会わせてあげられなくて・・・)

総司の目から一筋の涙が零れた





翌朝、総司は歩の声で目が覚めた

「沖田さん ごはんの時間やけど・・・」

時間になっても食事を食べに来ない沖田を心配した歩が部屋まで声を掛けに来たのだ

「ん・・・あっ、はい。すぐ行きます」

まだ体調はすぐれず食欲もなかったが、心配をかけないよう総司は平常を装った





「おっ、総司!遅かったじゃねぇか」

食堂に入ると永倉が人懐っこい笑みを向け、話しかけてきた

総司はそんな永倉に笑いかけると、気まずげにそっと土方の隣へと腰を降ろす

互いに目を合わせようとしない土方と総司を見て永倉はにやりと笑った

「総司ぃ、お前土方さんと喧嘩でもしたんだろう」

「やだなぁ、そんなんじゃありませんよゞ」

内心ドキリとしながらも、それを悟らせないように総司は別に何にも無いですよ、と返す

「ふーん、そうかぁ?まっ、何でもないんだったら別にいいけど」

総司の返事に興味を無くしたのか、永倉はそれ以上突っ込んではこなかった

それから特に誰とも会話することもなく、しばらく無言で食べていた総司だったが、半分程食べたところでそっと箸を置いた

「ごちそうさまでした」

「なんだ総司もう食べないのか?」

「本当に。まだ半分しか食べてないみたいやけど、どうかしたん?」

総司の膳を見た近藤と歩が心配そうな顔を向ける

「いえ、ちょっと食欲が無くて・・・でも大丈夫です」

近藤と歩に小さく笑みを返すと総司はそのまま席を立った





「・・・ゴホッ、ゴホッ・・・ゴホッ」

部屋に戻る途中で胸が苦しくなり、廊下の壁に寄り掛かって何度か咳を零す

やはり精神の揺らぎが体調に影響を与えているのだろう

「総司!おい大丈夫か?」

そこへちょうど食事を終えて部屋に戻ろうとしていた近藤が通りかかり、咳込んでいる総司にかけ寄った

「っ・・・近藤、さん・・・ゴホッ、ゴホッ・・・ケホッ・・・!」

「総司、しっかりしろ」

大きな手のひらで総司の背中を擦る

「大丈夫です・・・ちょっと、むせちゃって・・・ゴホッ」

「本当に大丈夫なのか!?」

近藤を安心させるため、咳を無理矢理押し込め笑顔を作る

「心配性だなぁ、近藤さんは。本当に大丈夫ですって」

「そうか?ならいいが、あまり無理はするんじゃないぞ?」

「はい、ありがとうございます」

近藤に笑みを向け総司は自室へと戻った

自分で思っているより身体は限界だったようで、部屋に着くなり突然の目眩に襲われ文机に手をつく

身体の不調は酷くなる一方で、そのうち起きているのも辛くなり布団に横になった





いつの間に眠ってしまったのだろう、目が覚めたら辺りは薄暗くなっていた

おそらくもうすぐ夕食の時間だ。食欲は無かったが皆に心配をかけないよう総司は食堂へと向かった

しかし、やはりあまり食べられなくて出されたものをほとんど残してしまった

「すいません、残してしまって・・・」

「それはいいんやけど、体調が悪いなら後でお粥でも持っていきましょうか?」

「いいえ、大した事ないので大丈夫です。一晩寝れば治りますよ」

「そうですか?なら何かあったら声かけて下さいね」

「ええ、ありがとうございます」

歩に礼を言うと総司は自室に戻り、そのまま早めに床についた





夜中、ふいに目が覚めた総司は胸の辺りに不快感を感じ、思わずぎゅっと目を閉じた

熱があるせいで身体が怠い

急に込み上げるものがあり激しく咳込むと、当てた懐紙は血で真っ赤に染まっていた

(私も、あとどのくらい・・・)

血を吐いたことで身体は幾分か楽になったが、その後なかなか寝付くことが出来ずに縁側に出て少し涼むことにした

熱で火照った身体に夜風が心地良い

すると誰かが近づいてくる足音が聞こえた

「鉄くん、どうしたんですか?こんな時間に」

足音は鉄之助のもので総司は微笑んで話し掛ける

「なんか眠れなくて・・・沖田さんこそ何してるんですか?」

「私は月を見ていたんですよ、今日は満月ですから」

真っ暗な夜空には真ん丸な月が輝いていた

「わぁ本当だ!・・・沖田さん?どうしました?」

急に黙って俯いてしまった総司に鉄之助が声を掛ける

「あっ、いえ・・・ちょっと昔を思い出しちゃって・・・」

そう言って総司は懐かしそうに月を見上げた

「そういえば試衛館ってどんな所だったんですか?局長や副長も一緒だったんですよね?副長は昔からああなんですか?」

鉄之助は興味津々だ

「土方さんはこの京に来てから変わりましたね。土方さんだけでなく近藤さんや山南さん、原田さんに永倉さん藤堂さんも・・・みんなどこか焦っているんです・・・時代に取り残されないようにって」

寂しそうな総司の横顔に鉄之助はいたたまれなくなって思わず声を掛ける

「沖田さん・・・」

その声にはっと我に返った総司は鉄之助に笑いかけた

「さぁ鉄くん、もう寝ましょう!明日も朝早いですから」

「えっ?あっ、そうですね。じゃあ、おやすみなさい沖田さん」

「おやすみなさい、鉄くん」

去っていく鉄之助の後ろ姿を見ながら総司は優しく目を細めた

(鉄くん、あなたがこれからの新選組を支えていってくださいね・・・)

そしてそれから少しして布団に入ったが、寒さが堪えたのか咳が止まらず、結局ほとんど眠ることは出来なかった





翌日、昼過ぎに道場を覗くと相変わらず鉄之助が隊士に混じって素振りをしているところだった

「あっ!沖田さーん 稽古付けてくださいよー」

「いいですよ。ふふっ///あなたぐらいなもんですよ、私に稽古を付けてほしいなんて言うのは」

「今日こそは絶対勝ちますから!!」

「ええ、頑張ってください。では始めますよ?」

「はい!!」

激しいぶつかり合いがしばらく続き、2人とも肩で息をしている

「流石、沖田さん・・・ハァハァ・・・やっぱ強ぇや・・・」

鉄之助が感嘆の声を上げたと同時に、突然総司の身体がぐらりと傾いた

「沖田さん!?」

「っ・・・鉄君・・・すみません、ちょっと目眩がして」

「大丈夫ですか!?」

鉄之助が心配そうに覗き込む

「ええ・・・もう大丈夫です」

「沖田先生、少し休まれた方が」

他の隊士が総司の体調を気遣い声を掛ける

「そうですね・・・そうさせてもらいます。鉄君、稽古途中になっちゃってごめんなさい」

「いえ、気にしないで下さい。良かったら俺、部屋まで付き添いますよ」

「いえ、もう本当に大丈夫ですから」

鉄之助の申し出を断り、一人で部屋に戻った総司は布団に横になり目を閉じた





いつしか眠りについた総司は息苦しさで目が覚めた

身体にはじっとりと脂汗をかいている

顔を洗おうと井戸に向かったのだが、前方から歩いて来た人に気付き思わず足を止めた

「土方さん・・・」

しかし土方は総司と目を合わせることもなく、その横を通り過ぎて行った

総司はそんな土方の後ろ姿を見つめながら、哀しげな表情を浮かべ俯いた

あの日からまともに会話をしていない。土方が総司の名前を呼ぶことも無くなった

そのことが病で弱った総司の身体に、さらに精神的にも追い討ちをかけることになっていた

(ずっとこのまま、なのでしょうか・・・)

鬱々とした気分のまま顔を洗い部屋に戻ろうと歩きかけた総司だったが、突然その視界がぐらりと歪み、そのまま地面に倒れ込んだ

起き上がろうと手を伸ばすのだが、身体に力が入らず徐々に意識が遠くなっていくのを感じた





「土方さん、ご報告が」

「何だ?入れ」

失礼します、と土方の部屋に入ってきたのは歩だった

「丁度良かった、例の件はどうなっている」

「はい。滞りなく進んでおります」

「そうか、引き続き頼んだぞ」

「分かりました」

歩は土方から命ぜられた裏任務の進捗状況を伝えたあと、声のトーンを落として訪ねた

「沖田さんと何かあったんですか?」

「何故そんな事を聞く・・・?」

突然上がった総司の名前に土方は怪訝な顔をして歩を見た

「さっき沖田さんが倒れたんです」

「何!?」

思いもかけない言葉に動揺した土方だったが、それを顔には出さずそれで、と続きを促した

「井戸の側で倒れているのを隊士が発見しました。まだ意識が戻っておらず、少し熱があるようです。このところ食事もあまり手を付けてないみたいですし、何かあったのかと思いまして」

「いや、別に何もない」

土方は何もないと言うが、歩から見たら何かを隠しているのは一目瞭然だ

しかし歩はそれに気付かないふりをした

「分かりました。差し出がましく口を挟んで申し訳ありません」

「いや、気にするな」

「それでは、失礼します」

歩が部屋から出て行き、一人になった土方は書類を書きながら何かを考えている様だった





目が覚めた総司は部屋にサイゾーを連れて話をしていた

「ねぇ、サイゾー 土方さんは私の事なんてもうどうだっていいのでしょうか・・・」

「プギッ プキプギ」

サイゾーは総司を励ます様に鳴いた

「そうですね、、、
許してもらえるかどうか分からないけど、土方さんのところに行って謝ってきます」

「プギッ」

総司は自室を後にし、土方の部屋へ向かった





ねぇ、土方さん?





私が死んだら





あなたはどんな顔を





するのでしょうか―――‥





「・・・土方さん・・・入ってもいいですか?」

総司は部屋の前までくると中にいるであろう土方に声を掛けた

「何だ。用ならそこで言えるだろう」

しかし土方は怒気の含んだ声でそれを拒絶する

今まで土方にこんな風に拒絶されたことの無い総司は驚きを隠せない

それと同時に酷く悲しげな表情を浮かべた

「・・・ごめんなさい・・・勝手な事して・・・土方さんに迷惑かけて・・・ごめんなさい」

「用はそれだけか?俺は忙しいんだ。用が済んだらとっとと行け」

謝る総司に土方は尚も冷たく言い放つ

「・・・はい。・・・失礼、しました・・・」

土方の言葉に諦めた様に俯き、土方の部屋をあとにする

総司は数歩歩いてから立ち止まり、土方の部屋を振り返った

目に涙を溜めて、それでも精一杯の笑顔で

小さく一言、呟いた
 
 
 
 
 
「さようなら
 
 
 

 
土方さん――――」
 
 
 
 
 
小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく風に溶けていった





総司は知っていたのだ、自分がもう永くない事、きっとこれが最後になるであろう事を・・・

しかし、土方はそんな総司の変化に気付かなかった

土方は当然、そう簡単に許せるはずも無く総司に辛く当たった

もし少しでも気遣っていたならば、気付いたはずの変化

総司はここ数日、食事もまともに食べず、睡眠もろくにとらず、すでに身体は衰弱しきっていた

それでも気力でなんとか保っていたのだ

しかし、肉体的にも精神的にももう限界だった





部屋に戻った総司は布団に横たわると、今にも消え入りそうな声で傍らにいるサイゾーに話し掛ける

「・・・やっぱり駄目、でした・・・土方さん怒ってて・・・顔も合わせてもらえなかった・・・」

視界がぼんやりと霞んできて身体の感覚が徐々に無くなっていく

「もう、嫌われちゃったかな――・・
でも・・・出来ることなら・・・もう、一度・・・土方さんの・・・顔、見た・・・かった」

そう呟いて総司は薄れゆく意識を完全に手放した

傍でそれを聞いていたサイゾーは、少しだけ開いていた襖から外に出て何処かへと走って行った





サイゾーが向かったのは土方の部屋だった

大好きな主人の最後の願いをどうしても叶えてあげたかった

土方の部屋の前にたどり着いたサイゾーは何度も鳴いて中にいる土方を必死に呼ぶ

部屋で書類を書いていた土方は外で煩く鳴いているサイゾーの声を聞き、総司がけしかけたのだろうと思い怒りを顕に思い切り襖を開けた

「おい総司!うるせぇぞ!!こいつを黙らせろ」

しかし、怒鳴ってはみたものの肝心な総司の姿が見えず、土方は一瞬疑問を抱くが、目の前で尚も煩く鳴くサイゾーに気付き睨み付ける

「おい!俺は忙しいんだ、テメェに構ってる暇は無い、さっさとどっか行け」

手で払う仕種をする土方だったが、サイゾーは止めようとしない

「はぁ――
あーもう分かったよ!分かったから引っ張るな」

着物の裾を必死に引っ張るサイゾーの姿を見て、土方は諦めたのか一つ溜め息をつくとサイゾーに着いて行く





サイゾーに引っ張られ、土方が着いたのは総司の部屋の前だった

「総司の部屋じゃねぇか、どういうつもりだ」

明らかに嫌そうな顔をする土方

そんな土方をサイゾーは尚も強く引っ張る

サイゾーの真剣さに負けたのか、それとも総司を許す気になったのか、土方は観念したように総司の部屋に一歩足を踏み入れた

「総司、入るぞ」

部屋には布団に横たわった総司が眠っていた

「なんだ、寝てやがるのか」

どこかホッとしたような土方をよそにサイゾーは必死に総司を起こそうとしている

普段なら寝覚めもよく、側で声を掛けられただけで起きるはずなのに、今はサイゾーが必死に引っ張っても起きる気配がない

不思議に思った土方は総司の側に寄り軽く揺すって声を掛ける

「おい、総司?」

それでも起きる気配の無い総司の様子にハッとした土方は、総司の口許に手をやって愕然とする

息はかろうじてしているがそれも弱々しくいつ呼吸が停まってもおかしくない状況だったのだ

「総司!?しっかりしろっ!総司!おい、総司!!」

土方が必死になって呼び掛けると、総司はうっすらと目を開けその瞳に土方の姿を映した

「総司!大丈夫か?」

総司が目を開けたことにとりあえず安堵する

「土方、さん・・・どうしてここに?」

状況がよく分からない総司だったが、隣にいるサイゾーの姿を見て理解したようだ

「あぁ、サイゾーが連れて来てくれたんですね・・・ありがとう」

弱々しく微笑みながらサイゾーを撫でると、傍にいた土方を見つめ辛そうな表情になる

「土方・・・さん・・・ごめん、なさい・・・」

ポロッ――‥

総司の目から涙が零れ落ちた

「あの隊士を・・・どうしても病気の母親に・・・会わせてあげたかったんです・・・でも結局会わせてあげられなかった・・・私が・・・彼を止めていたら・・・っ・・・彼は死なずに済んだのに・・・!」

総司の涙が零れ落ちるのを見た土方は、この数日間、総司がどれだけ自分を責め、苦しんでいたかに初めて気付いた

「総司・・・」

指で涙を救ってやると総司は驚いたように土方を見た

「土方、さん・・・?」

「すまなかった。お前がそこまで思い詰めてたのに気付きもせず辛く当たって・・・俺がもっとお前のことを気にかけてさえいれば・・・」

「そん・・・な顔、しないで・・・下さい・・・」

土方の辛そうな表情に総司はいたたまれなくなり、これ以上心配させまいと笑顔を浮かべた

土方にはその笑顔が、自分に心配をかけない様に無理して作っているものだということが痛いほど分かっていた

自分が辛い時でも相手の気持ちを優先する総司に愛おしさが込み上げてくる

「・・・総司・・・」

優しく頭を撫でて名前を呼んでやると、総司は嬉しそうに目を細め微笑んだ

「・・・良かった・・・」

「なんだ?」

ポツリと呟いた総司の言葉に土方は耳を傾ける

「・・・もう、会えないと・・・思って・・・た、から・・・」

そう言って少し寂しそうに笑う

「・・・ゴホッ、ゴホッ・・・っ・・・土方・・・さ・・・ッ・・・ハァハァ・・・ごめ、なさ・・・い・・・ッ」

「もう分かったから、それ以上しゃべるな!」

土方は苦しそうな総司の姿をただ見ていることしか出来ない自分に苛立った

「・・・それ、と・・・ハァハァ・・・今まで・・・あり・・・が・・・と・・・ござ・・・い、ました・・・」

総司は柔らかく微笑むと、土方の頬に軽く触れた

「お前、何言って・・・」

そして土方の言葉を遮るようにその耳元でそっと囁いた





土方さん





     大好きです―――‥





ハッとして総司の顔を見た土方の目から涙が零れ落ちた

総司は土方の腕の中で静かに眠るように息を引き取った

その顔はとても穏やかに笑っていた





「総司、すまなかったな・・・」

土方は傍らに眠る総司の横で昔を思い出していた

いつも笑っていて、菓子が好きで、いつまでも餓鬼みたいにはしゃいで、

そのくせ腕が強くて人を斬るときは容赦無い、あいつを鬼にしちまったのは俺だ

それなのに俺は・・・

隊士を逃がすということは簡単に許されることではないが、あいつがそこまでするには、よほどの事があったはずだ

それなのに俺は何も聞こうとせず総司に辛く当たった・・・

後悔ばかりが土方の胸に残る

最期に自分を好きだと言った総司

俺にそんな資格など無いのに・・・





なぁ総司、

お前はこの京で人斬りと恐れられながら、それでも新撰組の為、近藤さんの為と刀を振るってきた

だけど本当にそれでよかったのか?

本当にお前はそれで幸せだったのか・・・?





土方の問い掛けに答える声はない

だが土方には、笑いながら自分を呼ぶ総司の声が遠くで聞こえた様な気がした――・・





fin.

〈/font〉

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