WILD ADAPTER(久保田×時任)
歯医者 (OVA特典ドラマCD後日談)
時任の虫歯が発覚した夜のこと、リビングで時任は項垂れていた
「なぁ、久保ちゃん・・・本当に行かなきゃダメか?」
歯医者に行きたくない時任は、返事が分かっているのにも関わらずもう一度久保田に確認する
「ダメ。このままだとそのうち痛くて何も食べられなくなるよ?」
その言葉に時任は暫く間を置いた後、小さな声で呟いた
「・・・・・・・・・やだ。」
顔を覗き込めば「うぅぅ」と呻き声を上げながらも大人しく歯医者に行く決心をしたようだった
「やっぱ痛いのか?」
「んー、麻酔するだろうから痛くはないと思うよ」
その言葉に時任は少しだけホッとした表情を浮かべる
「あとはパニックにならなきゃ良いけど・・・」
「さっき久保ちゃんが口に指突っ込んできたときは平気だったんだけどな」
「まぁ、とりあえず俺も治療のときは側についてるから」
「うん、ありがと」
そんな会話を交わしながら、明日の朝一で歯医者に行くことになった
そうして次の日の朝、久保田と時任は二人で歯医者へと向かったのだった
「時任さん、中へどうぞ」
名前を呼ばれて立ち上がった時任だったが不安そうに久保田を見つめる
「すいませんが、ちょっと事情があってパニックを起こすかもしれないんで俺も中まで付き添います」
久保田の申し出に医者は分かりました、と答えて中へ案内した
「治療してる間はお前の横にいるから、俺の手握ってなさい。んで、今日の夜ごはん何食べたいか考えときな」
「・・・ん。サンキュ」
時任は大人しく椅子に身体を預けたまま目を閉じた
カチャカチャと器具の重なる音が聞こえ、何か嫌なことを思い出しそうな感じが襲ってきて時任はハッと目を開く
「どうした?」
声が聞こえた方に視線だけを動かすと、隣にいた久保田が柔らかく微笑んでいた
何でもない、と目で訴えかけ再び目を閉じる
手の平から与えられる温もりに幾分か心が落ち着いたが、やはり言い様のないゾクリとした感覚に時任は恐怖を覚えた
それを振り払うかのように頭の中で必死に食べたいものを思い浮かべて意識を逸らそうとする
「大きく口を開けてください」
言われた通りに口を開けるとゴム手袋をはめた医者の指が無遠慮に口の中を探ってくる
(うっ・・・やっぱキツイかも)
やはり嫌悪感に無意識に口を閉じようとした時任だったが、それを見越した久保田が手をしっかり握り返してきた
「時任、大丈夫だから」
(っ・・・久保ちゃん・・・)
目をギュッと閉じ、握られている手に力を込めてなんとか耐える
麻酔が効いているので痛くは無かったが、口の中を探る感覚だけは消すことが出来ない
とにかく一刻も早く終わることを願いながら、時任は久保田の手だけを頼りに時が過ぎるのを待った
「とりあえず一度口をゆすいでくださいね」
医者の声と同時に寝ていた台が起こされるとすぐに、口の中の気持ち悪さを無くしたくて何度も口をゆすいだ
軽い吐き気を感じ咳き込むと、伸びてきた手が優しく背中を擦ってくれる
「大丈夫?」
少し心配そうに覗き込む久保田と目が合い、気恥ずかしさから強がって笑顔を見せるがそれもぎこちないものになってしまった
「うん。正直かなりキツイけど、久保ちゃんが手握っててくれるからなんとか・・・」
「あと少しだから頑張りなね?」
その言葉に頷くと再び椅子に身を預ける
まだ治療を始めてからそんなに経っていないはずだが、時任にとっては途方もない時間だった
(頼むから、早く終わってくれ・・・)
「時任、もう少しだから」
時おり聞こえてくる久保田の声で心を落ち着かせながら、口を閉じないよう必死に耐える
「終わりましたよ」
待ち望んでいた終わりを告げる医者の言葉にようやく解放された時任はまた何度も口をゆすいだ
「お疲れさん」
「ありがと。久保ちゃん」
治療を終えるとどっと疲れが出て、待ち合い席のソファーに崩れるように座り込む
「やっぱりダメみたいね」
「うん、マジでかなりキツイ・・・」
「とりあえず麻酔切れるまでは物食べれないから、一旦家に帰ろうか」
「あー、うん。疲れたからちょっと寝たいかも・・・」
見るからに疲れた様子の時任に久保田は苦笑する
帰り道、並んで歩きながら久保田が時任に問いかけた
「そういえば、何食べたいか考えた?」
「ん?ああ。」
歯医者で治療を受けている間、気を紛らわせるために食べたいものを色々考えた時任だったが、結局いつもと同じになってしまった
「久保ちゃんの作ったオムライス」
その返事に久保田は拍子抜けした様子で時任を見た
「別に良いけど、それじゃいつもと一緒じゃない?もっと手の込んだものとか外に食べに行ったりじゃなくていいの?」
「良いんだよ!俺は久保ちゃんの作ったオムライスが食いてーの」
食べたいものを色々考えてみたけどやっぱり久保ちゃんが作ったものを家で久保ちゃんと一緒に食べたいと思った
正直、オムライスじゃなくても何だって良かったんだ。そこに久保ちゃんがいてくれるなら
「はいはい。そんじゃ作るけど・・・卵はもっと分厚くてふわとろが良いんだっけ?」
前に言ったことを覚えている(根にもっている)ようであえて確認をしてくる
「うっ、・・・根にもってんじゃんかよ」
「いやいや、お前の希望通りに作ろうと思って」
「んじゃ、卵はふわとろで!んで、ついでに帰りにアイス買ってこうぜ」
「りょーかい」
歯の痛みともおさらば出来て上機嫌な時任を、横目で見た久保田はそっとちいさく笑みを浮かべたのだった
fin.
〈/font〉
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