WILD ADAPTER(久保田×時任)
白昼夢の終わり

(あーあ、今日は久保ちゃんと出かける約束してたのにな・・・)

今日は久保ちゃんのバイトが終わったら駅前に新しく出来た店に一緒に行く約束してて、でも俺は久保ちゃんがバイトに行っている間に暇をもて余して近くのゲーセンにフラりと出掛けたのだ

ゲーセンでいつもの格ゲーをひとしきりやったあと、店を出て帰ろうとしたところを後ろから変な奴等に薬を嗅がされて拉致された

相手はWAに関係している研究所の職員のようで、俺の右手を見て研究員の一人が嬉々として目を輝かせていた

「これはいい実験材料が手に入った」

目が覚めると、俺の手足は拘束具で頑丈に止められていて抜け出すことは不可能だった

「てめぇらいきなり何だってんだよ!俺をどうするつもりだ!」

目の前で俺を見下ろしている男たちはここの研究員なのだろう

「これは希少なサンプルですね」

「ああ。ひとしきり研究したら最後は解剖までして構わんぞ」

ここで一番偉い人だろうか、他とは違う雰囲気をもった男が研究員の男にそう告げる

「それはそれは、楽しみですね」

研究員の男の薄ら寒い笑みに俺は背筋がゾクリとするのを感じた





その頃、バイトから帰ってきた久保田は家に時任の姿がないことに気付き、言い様の無い胸騒ぎを覚えた

「時任・・・?」

久保田はそのまま家を出ると、足早に鵠の店へと向かった





「おや、何かありましたか?」

「うん、ちょっと仕事の依頼。時任の居場所、分かる?」

「・・・時任君がどうかしましたか?」

鵠がちらりと時計を見るとまだ21時を回ったところだ

夜だとはいえ、帰ってこないのを心配するほど遅い時間という訳でもない

「今日は帰ったら出かける約束をしてたんだけど、家にいないし・・・それになんか嫌な予感がして」

表情はいつもと変わらないが、内心穏やかではないだろう久保田の心中を察し、鵠は早急に仕事に取りかかった

それから30分程経った頃、ようやく鵠が「分かりましたよ」と久保田に告げた

「時任君は昼過ぎに自らの意思でゲームセンターに立ち寄った後、出たところを数人の男に拉致されています。監視カメラの映像を繋ぐと、ここから少し離れた山中にある研究所に連れていかれたようです」

「その研究所って?」

「ただの製薬会社です。ただ・・・」

「ただの製薬会社が時任をさらうわけないよね?」

「ええ。おそらく違法な薬物を製造しているのではないかと」

鵠の“薬物”という言葉に久保田の不安は確信へと変わった

「WAに関係してる、とみた方がいいかもしれないね。鵠さん、悪いけどすぐに“中華鍋”と“具材”用意できるかな?」

「ええ、それはもちろん」

久保田は鵠から拳銃と銃弾を受け取ると、そのままタクシーで研究所へと向かった





「まずは何から始めようか」

時任を見下ろし下卑た笑いを浮かべる男に嫌悪感が増す

(あー、まだ薬のせいで頭ん中ぐるぐるするし、拘束具は外せねぇし・・・最悪)

「おい、オッサン。てめぇこの手見ても驚かねぇってことはWAに関係してんだよな?」

「ん?ああ、そうだね。そもそもWAはここの研究所で作られてるんだよ」

「なっ!?」

男の言葉に時任は驚く

「どうせ生きては帰れないんだから、手土産に君の質問に答えてあげよう。君もWAを使用したようだから分かると思うが、この超人的な能力は軍事産業に大いに役立つ。バカな連中がこの力を買うのにいくら注ぎ込むと思うかね?」

「ふっざけんな!!んなことのために、今まで何人の人が死んだのか分かってんのかよ!」

怒りを露にする時任を男は鼻で笑う

「そいつらは自ら望んで手に入れたんだ。それで勝手に自滅していった奴など所詮その程度の価値だったんだよ」

「てめぇ、何様のつもりだよ!神にでもなったつもりか!?」

「そうかもしれんね。今この瞬間の君の命も私が握っているんだ。分かるかね?」

ニヤリと男が笑い、一本の注射器を手に取ると時任に近付いた

「楽しい実験の始まりだ」

「あっ、・・・や・・・やだっ!・・・やめろ・・・っ・・・いや、・・・あああああ!!!」

何をされるか分からない恐怖に時任は記憶の中のアキラを重ねてパニックに陥っていた

突然の豹変ぶりに男は一瞬怯んだが、構わずに注射器を時任の腕に射した

「さあ、どうなるかお楽しみの始まりだ」





バタンーーー!!





その時、研究所の扉が乱暴に開いた

男が驚いて扉の方に目を向けると、そこには銃を手にした久保田が立っていた

「時任、大丈夫?」

数人の男たちが倒れたと同時に銃を構えた久保田が時任に駆け寄る

「うっ、・・・あああああ!!!」

「時任!?」

身体を抱えて苦しむ時任に研究員の男が話しかける

「君の身体はWAと適合しやすいようだね、どうなるか楽しみだ」

それを聞いた久保田はハッとして時任を見る

「まさかWAを・・・!」

「その通り。解毒薬は私が持っているこの一本だけ・・・」



ドンッーーー



男が言い終わらないうちに久保田は手にしていた銃で男の額を撃ち抜いていた

なおも叫び声を上げながら苦しむ時任に駆け寄り肩を掴んだが、久保田のことを認識出来ていないのか時任はその手を力任せに振りった

「っ時任・・・!」

振り払われた瞬間に腕に傷を負ったがそんな事はどうでもよかった

とにかく一刻も早く解毒薬を飲ませないと手遅れになる

久保田は暴れる時任の身体をしっかりと抱き、耳元で囁いた

「時任、大丈夫だから。落ち着いて」

「うっ、・・・ぐっ、あ、熱い・・・っ、・・・身体が・・・!」

身体を捩って久保田から離れようとする時任を、逃がさないよう抱き締める腕に力を込め、久保田は解毒薬を口に含む

そして、もがく時任に口付けるとそのまま口移しで解毒薬を飲ませた



ゴクンーー・・



少しすると解毒薬が効いてきたのか時任は久保田の腕の中で大人しくなっていた

時任、と声をかけるとその瞳がゆっくりと開き久保田を映した

「久保、ちゃん・・・?」

久保田の顔を見て安堵の表情を浮かべた時任だったが、突然激しい頭痛に襲われ頭を抱えうずくまった

「うっ!」

「時任!?」



思い出した、何もかも・・・

あのバス事故のあと何があったか、

何故この右手がこんななのか、

全て・・・



「思い出した・・・久保ちゃん、俺ーー・・」

何か言おうとしたのだがそれは言葉にならず、そのまま意識は闇の底に飲まれていった

「時任、もしかして記憶が・・・?」

少し痛そうな笑顔を浮かべ、久保田は目を閉じ小さく息を吐いた

それは白昼夢の終わりを意味していたーーー・・





山の中をゆっくりと歩く背に揺られながら時任はわずかに意識を取り戻した

(誰だろ、温かい・・・)

ぼんやりとした意識の中で優しい声が聞こえる

「時任、もしお前が俺のことを忘れても、俺はお前を忘れないから。お前の幸せをいつも願ってるよ」

(なんかすごく懐かしい声・・・誰だか分かんないけど・・・でも俺、この声知ってる・・・)

浮上しかけた意識は、背負われたままの背中から伝わる温もりと振動に抗えず、また眠りの淵に落ちていった





目が覚めたときには病院のベッドの上だった

「あら、目が覚めたのね?今、先生を呼んでくるからちょっと待っててね」

そう言って看護婦さんが部屋を出て行く

俺はハッとして右手を見たけど、そこにあったはずの獣の手は無く、左手同様どこからどう見ても人間の手そのものだった

「どうなってるんだ・・・?俺は、確かアキラさんに薬を打たれて、手が獣に・・・」

記憶を遡ってみても船上でアキラさんから逃げて泳いできたところまででぷっつりと途絶えている

(あのときは確かに俺の右手は獣の手だったはず・・・)

しばらくすると、医者らしき男の人が部屋に入ってきた

「体調はどうかな?」

「大丈夫、です」

聴診器を当てながら異常はないか見終わると、その医者は俺に顔を向けた

「名前は分かる?」

「・・・潮、稔」

「稔くん、君がここに来るまでの間のこと何か覚えてる?」

「?」

「君はどこかから助け出されたみたいなんだ。意識のない君を背の高い男の人が運んできてね、手当てをしてくれと頼んだあと姿が見えなくなってしまって・・・」

「背の高い男の人・・・?」

途端に頭の中に誰かの影がよぎる



ーーー「 」



(誰・・・?俺を呼ぶ声、優しくて、懐かしい・・・)


「何か覚えてることあるかな?」

医者の質問に時任は小さく首を降る

「そうか。じゃ何か思い出したら教えてくれるかな」

そう言って医者は部屋から出ていった

(一体、誰なんだよ・・・)

頭の中に浮かぶのは、自分を呼びながら微笑む姿。けれどその顔は逆光になっていて分からない。声もノイズがかかったように聞き取れなくてーーー

時任は思い出せないことに苛立ち、右手をぎゅっと握りしめた






「時任・・・」

誰もいない空間に向かって久保田がポツリと呟く

小さい頃から自分は他人から“見えない”のが当たり前で、ずっと独りだった

その事を特になんとも思わないし、煩わしくなくて良いとさえ思っていた

それが時任と暮らすようになって2年とちょっと

いつの間にか隣にいるのが当たり前で、いつでも俺に光をくれる太陽のような存在

いつか失うと分かっていながら、その日が来なければいいのにと何度も願わずにはいられなかった

けれど、終りはあまりにもあっけなく

いるはずの無い姿を、その面影を無意識に探してる自分がいる

もう帰ってこないと分かっていながら、彼の持ち物を何一つ捨てられずにいる自分に対し、自嘲気味の笑みを浮かべた

「俺ってこんなに弱かったっけ・・・」

夜になり眠ろうと横にはなるのだが眠気は訪れず、眠ってもすぐ目が覚めてしまう。そんな日々をもう何日繰り返しただろう

食欲もほとんど無く、増えるのはタバコの量ばかり

あれから、俺を取り囲む世界は完全に色を失ってしまった





「久保田くん、急に呼び出してすいませんでしたね」

「いえ、特にバイトも入ってなかったので大丈夫ですよ」

鵠に呼び出され店に赴くと、いつもの受け渡しのバイト依頼だった

「それでは明日の朝、これを依頼主に届けて下さい。それと・・・」

「?」

言葉を切った鵠が久保田の顔を見つめる

「あまり顔色がよくありませんね、大丈夫ですか?」

「んー、最近あまり眠れてなくて。ちょっと寝不足なだけですから」

鵠に苦笑を返し店を出て行こうと足を踏み出した久保田だったが、途端にぐらりと視界が歪み、そのまま意識を失った

「久保田くん!!」

鵠が抱え起こすとその身体はかなり熱をもって熱くなっていた

とりあえず鵠は久保田を休ませるため、抱え上げてそのまま奥の部屋で寝かせることにする

明るいところで見るとより一層顔色が悪く見え、息遣いも苦しそうだ

(今日はお客さんももういないですし、早めに店を閉めましょうかね・・・)

鵠は久保田の額に濡らしたタオルを当ててしばらく様子を見ることにした





日も傾きかけた頃、ようやく意識の戻った久保田は自分の置かれている状況に戸惑った

「確か、俺・・・」

記憶を辿りここが鵠の店だったことに思い至る

それと同時に扉が開き、鵠が入ってきた

「久保田くん、気が付きましたか。気分はどうです?」

「鵠さん、・・・すいません、迷惑かけちゃったみたいで」

「度重なる睡眠不足に、極度の精神的ストレス、それに栄養失調といったところでしょうか。熱もだいぶ高いようですね」

鵠の言葉に反論する余地がなくて久保田は困ったように笑った

「とりあえず何種類か薬を出しておきますので、しばらくはゆっくり休んで下さい。ああ、受け渡しは私が行きますのでお気になさらず」

これぐらい大したことはないから、と言おうとしたが、さっき倒れた以上説得力はないだろう

久保田は大人しく鵠の言うことを聞く他なかった

「時任くんのこと、探しにいかないんですか?」

少しの間のあと、投げ掛けられた鵠の言葉に久保田は自嘲的な笑みを浮かべる

「行きませんよ。時任は俺のことを覚えていないのに行ってどうなるんです?何も知らず、陽の当たる場所で生きていけるならその方がいい。こっちに引き込んで危険と隣り合わせの生活を送らせるよりずっと・・・」

「それで、貴方自信が壊れてしまっても?」

久保田は鵠に鋭い眼差しを向けたあと、ゆっくり息を吐き出した

「それでも、です」

鵠にはもう久保田にかける言葉は見つけられなかった

おそらく、このままだと久保田は昔のように暗い世界で死と隣り合わせの日々を送り、いつかどこかで見た野良猫のように死んでいくのだろう

「鵠さん、・・・ごめんね」

小さく呟かれた声に鵠は首を振って部屋からそっと出ていった





その頃、病院に入院していた時任は、身体の傷も癒えてすっかり元気になり、父方の親戚と一緒に暮らすことになっていた

「稔くん、あなたのお父さんは忙しい人だから一緒に暮らすのは難しいの。今日からここで私たちと暮らすことになるけど、何かあったら遠慮無く言ってね?」

「はい、ありがとうございます」

いくら小さい頃はよく行き来があったとはいえ、親戚の家での生活にやはり戸惑いがあるのか、時任は借りてきた猫のように大人しかった

「今日からここが俺の家、かぁ・・・」

何故かため息が零れた

それはずっと記憶に残っている“誰か”の面影のせいだった

思い出そうとしても思い出せなくて、でも胸が締め付けられるように痛んで、

何か大切なことを思い出さなくちゃいけないはずなのに、それが何なのか分からない

病院で目が覚めてからずっとモヤモヤとした気持ちを抱えたまま過ごしてきた

(何で思い出せねぇんだよ・・・)

何度自分に問いかけてみても答えは出なかった





それからしばらくして部屋の荷物も片付いた頃、時任は気分転換に近くのコンビニに出かけることにした

特に買うものが決まってたわけでも無いが、ふらりと入ったそのコンビニで売っていたある漫画が目に留まる

「近代麻雀・・・?」

麻雀なんかやったこともないし、ルールも知らないはずなのに、何故か自然とその漫画を手に取っていた

「見てもさっぱりわかんねぇし・・・」

呟いた言葉とは裏腹に、時任は持っていた漫画を手にレジへと向かっていた

店員の「ありがとうございましたー」という声を背に受け自動ドアを出る

外に出た瞬間、鼻をついた匂いに何故だか分からないが鼻の奥がツンとして涙が出そうになった

「この匂いって・・・」

辺りを見回すとすぐ近くの灰皿で工事現場の人だろうか、作業着を着たおじさんが煙草を吸っている姿が目に入った

「おっちゃん!それ!その煙草何て名前!?」

「あっ、ああ、これか?これはセッタ・・・いや、セブンスターってんだ」

突然声をかけられた男は驚きながらも時任の質問にちゃんと答えてくれた

「セッタ・・・」

頭の中に残る誰だか分からない影が、煙草を吸いながらこちらを向いて微笑みながら何かを言っている

(思い出せねぇ・・・誰なんだよ、一体)

その問いかけはもう何度目だろう

答えの出ない問いと、得体の知れない胸を締め付けるような痛みに耐えるように時任は拳を握りしめた

「おい、大丈夫か?坊主」

不意にかけられた声に顔を上げるとおじさんが心配そうにこっちを見ていた

「何が?」

けれど時任はおじさんが何を心配しているのか分からなくて首を傾げる

「何がって、お前さんが泣いてるからだろうが」

言われて初めて自分が泣いていたことに気づく

「えっ、あっ、俺・・・なんで涙なんか・・・」

目をごしごしと乱暴に拭っておじさんに笑顔を向ける

「ごめん、おっちゃん。何でも無いんだ。ありがとな」

おじさんはまだ何か言いたそうだったが、時任はそれに構わずその場を後にした

そしてついさっき出てきたばかりのコンビニへともう一度足を向けたのだった





「思わず買ったのはいいけど、これどうしよう・・・」

時任の手には煙草が一箱とライターが握られている

もう一度匂いを嗅げば何か思い出すかもしれないと買ったのはいいが、煙草なんて吸ったことがない

「まっ、とりあえず吸ってみるか」

ライターで火を着けると口に咥えて思い切り息を吸い込んだ

「ゲホッ!!ゲホッ、ゲホッ!・・・ゲホッ、・・・っ」

途端に口の中が煙だらけになり、苦いのと煙たいので時任は激しくむせてしまった

(なんだこれ!めちゃくちゃ不味いじゃんか!)

時任は煙草を吸うのを断念するしかなかった

「けど、この匂い・・・何でか分かんねぇけど、やっぱ落ち着く」

火が着いたままの煙草を、ただボーッと眺めていた時任だったが、その瞳はどこか優しい色を浮かべていた





相変わらず煙草は吸えなかったが、時折火を着けて煙が上っていく様を見ているとなんだか自然と心が落ち着いた

(相変わらず思い出せねぇけど、でも煙草の匂い嗅いでるとまるですぐ近くにいるみたいで・・・なんかすげー安心する)

顔も声も名前も何も思い出せないけど、けれど確かに俺にとってかけがえのない大切な人なんだと心が言っている

(必ず思い出してやるからな!)

思い出せないことを悩むより、思い出すために自分に出来ることをやろうと思った





それから時任は親戚や病院の看護婦さんに運び込まれた日のことを聞いて回ったが、なかなか手がかりになるような話は聞けなかった

「やっぱそう簡単にいかない、か・・・」

ぼんやりしながら見るともなしにテレビを見ていると、ちょうどドラマの番宣だろうか、出演俳優がインタビューを受けているところが映っていた



ーー「さあ、今日は来週から放送のドラマに出演している時任三郎さんにお越し頂きました」



「っ・・・時、任・・・?」

テレビから聞こえてきた“時任”という名前を聞いた瞬間、頭の中の自分を呼ぶ人の影がハッキリと形を持つ

ノイズがかかっていた記憶の中の自分を呼ぶ声が「時任」とその名を呼んだ

「久保、ちゃん・・・?」

忘れていた記憶が波のように押し寄せてくる



自分を呼ぶ声、

向けられた眼差し、

柔らかい笑顔、



「何で俺、こんな大事なこと忘れてたんだよっ・・・!」

思い出したらいても立ってもいられなかった

一刻も早く、一秒でも早く会いたかった

顔を見たかった

名前を呼んで欲しかった



久保ちゃん、久保ちゃん、久保ちゃんーーー!




記憶を辿り、久保田と過ごしたマンションを目指して全力で走る

息が苦しかったがそんなことはどうでも良かった

だが、あと少しでマンションというところまで来て時任はふいにその足を止めた

そこは時任と久保田が初めて出会った場所、久保田が時任を拾ったあの裏路地だった

そしてそこに見慣れた後ろ姿を見つけた瞬間、時任は大きな声でその名前を叫んでいた



「久保ちゃん!!」



後ろから自分を呼ぶ声に久保田がハッと振り返ると、そこには息を切らせながらニッコリ笑う時任の姿があった

「久保ちゃん、ごめん!お待たせ!!」

「・・・時、・・・任・・・?」

信じられなかった

決して忘れることなど出来ない、求めてやまなかった存在が、今この手の届くところにいて、自分に笑顔を向けている

その瞬間モノクロだった世界が眩しいぐらいの色を放った

たまらずに目の前の存在をきつく抱き締める

「ちょっ、苦しいって、久保ちゃん・・・!」

身動きができないほどきつくきつく抱き締められた

「時任・・・」

小さく呟かれた声が震えている

(久保ちゃん、泣いてる・・・?)

抱き締められてて顔は見えないけど、久保ちゃんが泣いてる

俺は震えているその背中に手を回し、しっかりと抱き締め返した

「ただいま、久保ちゃん」

「・・・お帰り、・・・時任」

二人はお互いの存在を確かめ合うようにきつく抱き合った





「俺、久保ちゃんが泣いたとこ初めて見た」

マンションまでの道のりを二人で並んで歩く

「うん、俺も。まだ俺って泣けたんだね・・・」

そんな他人事みたいな感想を言う久保ちゃんを俺はちらりと横目で見る

「久保ちゃん、あのさ・・・」

「うん?」

立ち止まり照れ臭そうに頬をかいて時任が呟く

「これからもずっと側にいていいかな?」

久保田はそんな時任の頬を包むように両手を添えると、額をコツンと当てて目を閉じた

「当たり前でしょ。俺はやっぱお前がいないとダメみたいだからさ」

「うん、ありがと・・・改めてよろしくな、久保ちゃん」

「こちらこそ」

一度失った温もりをもう一度手にして、こうして再び出会って、お互いが何よりも大切だと改めて気付かされた

本当の意味での白昼夢は今、終わったのかもしれない

これからは現実をちゃんと歩いていける、

二人ならいつまでも、どこまでもーー・・





fin.
〈/font〉

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