鋼の錬金術師(ロイ×エド)
風邪


「ゴホッ・・・38度5分か・・・完全に風邪を引いたな・・・」

ロイは誰もいない部屋でそう呟くとベッドに腰掛ける

朝から頭は痛く、身体は怠い。何か食べないと、とは思うのだが、気分が悪くて食事を取る気力が湧かなかった

一応、朝一で司令部に電話を掛け「風邪を引いてしまったので、すまないが今日は休ませてもらうよ」と伝えたのだが、忙しくて構っていられないのか、リザが「そうですか、お大事に」と素っ気なく答えるだけだった

一人暮らしの為、こんな時に身の回りの世話をしてくれる人もおらず、全部自分でやるしか無い

一日横になって休んでいれば治るだろうと思い、薬を飲むためにキッチンへ向かった

常備してあった薬を飲もうとして箱を手に取ると"食後"と書いてあるのが見えた



・・・やめた。



流石に今から食事を作って食べる様な元気は無く、ロイは仕方なく薬を飲むのを諦めて再びベッドに横になった





一方、その頃の東方司令部ではーー・・



「ちわー、大佐いるー?」

久しぶりに戻ったエドワードが報告書の提出をするために司令部を訪れていた

「あら、エドワード君こんにちは。ごめんなさいね、大佐は今日風邪を引いて休んでいるの」

「えっ、風邪?」

「そうなのよ。悪いんだけどエドワード君、もし良ければ報告書を出すついでに大佐の様子を見て来てくれないかしら?」

リザの申し出にエドワードは「何で俺が・・・」と言いかけたが、普段は嫌味な程に完璧なあの大佐が風邪で弱っていると聞いては黙っていられない

どんな家に住んでいるのか見てみたいという好奇心と、日頃の仕返しに少しからかってやろうかと僅かばかりの意地悪な心が首をもたげ、エドワードはいいよ、と答え教えられたロイの家へ向かった





一方、リザから突然電話がかかってきたと思ったら「先程エドワード君が報告書を持って大佐の家へ向かいましたんで」と言われたロイは焦った

こんな状態のところをエドワードに見られたら何を言われるか分かったもんじゃない、もしかしたら日頃の仕返しとばかりに嫌味を言ってってくるかもしれない

それだけはどうしても避けたかったロイは、熱のせいで思うように動かない身体を動かし、パジャマからシャツとズボンに着替え、軽く髪をセットして、2人分のお茶を用意した

すると丁度よくエドワードの来訪を知らせるチャイムが鳴った

間に合ったようだな、と安堵の表情を浮かべ玄関へ向かおうとしたロイだったが、軽い目眩に襲われ思わず壁に手をつく

フラッ――‥

「っ・・・ゴホッ・・・ゴホッ・・・少し無理をしすぎたか、熱が上がってきたみたいだ」
 
額に手を当てるとさっきより熱くなっており、若干息苦しい

しかし玄関の前まで来ているエドワードを放っておく訳にもいかず、ロイは玄関の扉を開けた

「やあ、鋼の」

体調の悪さを隠して平然とそう言ってやれば、待ってましたとばかりに意地の悪い笑みを浮かべて聞いてくる

「大佐、風邪引いたんだってー??」

その態度に少しイラッとしてロイも言い返す

「ああ、君は"アレ"だから風邪を引かないのか」

エドワードはロイの言おうとしたことに気付くと「誰がバカだって!?」と怒りだす

「おや?私は"バカ"とは一言も言ってないが?君は自分が馬鹿だという自覚があるのかね?」

「っ!!」

悔しそうに自分を睨み付けるエドワードに思わず笑いがこぼれそうになる

「立ち話もなんだから上がっていくと良い、お茶でも出そう」

エドワードは一瞬迷ったが思ったよりロイの具合が良さそうなのと、何よりロイの家を見てみたいという好奇心から中に上がることにした

「ところで大佐、これからどっか行くのか?」

いきなりの質問に訳が分からぬままロイは答える

「いや、何処にも行かないが、どうしてそんな事を聞く?」
 
「じゃあ何でちゃんとした服着てんだよ、普通具合悪くて寝てたんならパジャマとかじゃねぇのか?」

エドワードのもっともな問いに苦笑する

「それはそうだが・・・まさか客人をパジャマ姿で迎える訳にはいかないだろう」

そういうものなのか?と不思議がっているエドワードを置いてロイはキッチンでお茶の用意をする





平気そうにはしているが、実のところ、今のロイは熱もだいぶ高くなってきており、寒気や目眩などで立っているのがやっとの状態だった

しかし、エドワードが帰るまでは、となんとか気力で耐えていた
 
渡された報告書も目は通しているが、視界がぼやけて何が書いてあるのか分からず、エドワードの報告もよく聞き取れない


次の瞬間ーー・・


「大佐!!」

エドワードが叫ぶのと同時にロイの身体が傾いた

倒れる寸前でエドワードがなんとか受け止めたが、その身体は熱くロイの熱の高さを示していた

「っ、馬鹿野郎!!酷い熱じゃねぇか、何で黙ってたんだよ!」

ロイはエドワードの大声に頭を押さえる

「鋼の・・・もう少し、静かにしてくれないか・・・ハァハァ・・・それに・・・上官に向かって馬鹿野郎とはなんだ・・・っ」

エドワードは目の前で苦しそうにしているロイの姿を見て、そのことを言わないロイにも腹が立ったが、それに気付けなかった自分自身にもっと腹が立った

「とにかくベッドまで運ぶぞ」

そう言ってエドワードはロイを支え一歩ずつ歩くが、その小さな身体で大の大人を支えるのは想像以上に大変で、運ぶのにかなりの時間がかかってしまった





ロイをベッドに横にならせるとしばらくして静かな寝息が聞こえてきた

エドワードはそれを確認するとキッチンと洗面台を覗き、飲み水や洗面器、それにタオルなど必要な物を用意してロイの寝ている部屋に戻る

寝ているロイの額に手を当てるとかなり熱く、相当無理をしていたことが分かりエドワードは思わず眉を顰める

(無理してんじゃねぇよ・・・)

寒くないよう布団を被せて、額に濡らしたタオルを置くが、それも数分としないうちに取り替えなければならない程ロイの熱は高かった

それでも何度か取り替えるうち、徐々に熱も落ち着きをみせた





「ん・・・鋼、の・・・?」

しばらくして目が覚めたロイだったが、目の前でエドワードが自分を見つめているこの状況がいまいち掴めない

順に記憶を辿り、エドワードが報告の為に家に来ていたことをハッと思い出して慌てて身体を起こす

急に起き上がったせいで突然の目眩に襲われ、再び後ろに倒れそうになるが、エドワードが咄嗟に支えたおかげでそうはならなかった

まだ意識が朦朧としているロイに、大丈夫か?と聞きながらエドワードが水を差し出す

「ああ、ありがとう・・・」

ロイは丁度喉が渇いていたため、差し出された水をゴクゴクと飲んだ

「・・・っ・・・ゴホッ!ゴホッ!」

だがそれがいけなかったのだろう、激しく咳込んでしまい手に持っていた水の入ったグラスを落としそうになった

幸い、エドワードがすぐに支えたのでグラスは中の水が少し零れる程度で済んだが、布団が少し濡れてしまった

布団に零れた水を拭き、咳込むロイの背中をさすりながら、エドワードは大佐って案外世話掛かんのな、っと困ったように笑う

「そういう君は随分手慣れているな」

「まぁね。アルが小さい頃、風邪引いたときとかよく面倒見てたからな。それより具合はどうなんだよ?」

「ああ、おかげでだいぶ楽になった。すまなかったな、もう帰っていいぞ」

ロイの言葉にエドワードは何故か不機嫌そうに呟いた

「・・・やだ」

「?」

「このまま置いてったら大佐、野垂れ死にしそうだし・・・それに折角ここまで面倒見たのに途中で辞めたら気分が悪い」

予想もしなかった、でもエドワードらしい答えに思わず苦笑する

「それじゃ、もう少しここに居て貰おうか」

「最初から素直にそう言っときゃ良いんだよ」

態度は生意気だが、存外こういうところは面倒見が良いと言うか、伊達に兄貴をやっていないなと少し感心した





それから二人で他愛のない会話をしていると、ふいにエドワードが思い出したかのように、ロイの額に自分の額をくっつけた

「そういや、熱はどうなんだよ。さっきより心無しか顔赤いし、また上がってきてんじゃねぇだろうな」

突然の事に驚き固まったロイを見て、エドワードもハッと気付く

「あっ、悪ぃ・・・つい癖で」

そう言って慌ててくっつけていた額を離すと、今度はロイの額に手を当てた

「やっぱりまだ結構あるな。とりあえずパジャマに着替えろよ、その恰好じゃ余計苦しいだろ」

エドワードが畳んで置いてあったパジャマを差し出す

「ああ、そうだな。そうするよ」

ゆっくりと立ち上がり、シャツのボタンを外していくその仕草でさえも嫌味な程に大人の色気を感じさせる

そして流石は軍人とでも言おうか、シャツを脱いだロイの身体は余分な肉がついておらず鍛えられていた

思わずジッと見つめるエドワードの視線にロイが気付き手が止まる

「鋼の、そんなに見つめられると着替えにくいのだがね」

「え?ああ、悪ぃ。でも大佐ってさー、まつげ長くてキレーだし身体だって鍛えられてて、黙ってれば恰好良いのにな」

あっ、でも男に言われても嬉しくないか、と笑いながらロイの顔を見ると少し赤くなっている

それが熱によるものなのだと思っていたエドワードだったが、実際にはなんのてらいもなく告げられた率直な感想にロイは照れていたのだ

「いや、まぁ、その・・・褒められて悪い気はしない」

昔から"格好良い"など言われ慣れているはずなのに、その相手がエドワードだと何故こうも違うものかとロイは自分の反応に少し驚いた





「ところで薬は飲んだのかよ?」

服を着替えたロイにエドワードが封を開けていない薬の箱を指差して聞いてきた

「・・・いや、飲んでいない・・・」

ロイの答えに案の定エドワードの怒鳴り声が・・・聞こえてこない?

不思議に思って顔を覗き込むとその表情は明らかに怒っている

エドワードは怒鳴りたいのを必死で堪え、努めて冷静に聞いてきた

「何で飲んでないんだよ、薬飲まなきゃ治るもんも治んねぇだろ」

静かに怒るエドワードはそれはそれで怖いのだが、ロイはエドワードが自分を心配してくれてるのが嬉しかった

薬を飲んでない事を怒ったのも、それを怒鳴らず我慢したのも、全部ロイを心配しての事だ

自然と頬も緩む

「薬に"食後"と書いてあったからな。飲むのをやめたんだ」

「じゃあ、飯も食ってねぇのかよ?」

「ああ、食欲があまり無かったし、自分で作ってまで食べる気になれなくて」

「何か食わねーと体力つかねぇし、薬も飲めないじゃんか。お粥作ってくるから少しだけでも食べろよ」

そう言ってエドワードは部屋を出て行き、30分ぐらい経つとお粥をお盆に乗せて持ってきた

「食べれそうか?」

心配そうにエドワードが聞いてくる

正直、ロイはまだ熱が高く、食欲も無かったが、折角エドワードが自分の為に作ってくれたものなので有り難く頂くことにした

「ああ、頂くよ」

そう言って身体を起こすとホッとしたように側に来てロイが起き上がった状態で食べれるようにお盆を布団に置いた

目の前に置かれたそれをスプーンですくって一口食べると、ご飯の固さも塩加減も丁度良くとても美味しかった

「美味しいな」

ロイの言葉にエドワードは良かった、と嬉しそうに笑った

「あんま無理して食べなくて大丈夫だからな?」

半分くらい食べたところでペースが落ちてきたロイに気付き、エドワードが声を掛ける

「ああ、すまない。本当はもう少し食べれたら良かったのだが、やはりあまり食欲が無くて・・・それに、少し眠くてな」

「じゃぁ、寝る前に薬だけ飲んで寝ろよな」

本当は食後少し経ってから薬を飲ませた方が良いのだが、目の前のロイは既に夢現でぼんやりとしている

なんとか薬だけ飲ませて横にならせると数分もしないうちに眠ってしまった

エドワードはその後、食器を片付け、まだ熱の下がらないロイに一晩中付きっきりで看病した





朝、ロイが目覚めるとエドワードが布団にもたれ掛かってすやすやと眠っていた

(夜通し看病してくれたのか・・・)

自分の額に手をやってみると熱は下がっており、身体の怠さも消えている

目の前で気持ち良さそうに眠っているエドワードだが、おそらく寝たのはついさっきだろう

「ありがとう、鋼の」

(今度お礼に食事にでも誘おうか・・・鋼のは来てくれるかな?)

そんなことを考えながら、エドワードの寝顔を見つめるロイはとても優しい眼差しをしていた





fin.



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