鋼の錬金術師(ロイ×エド)
さりげない優しさ

仕事を終えたロイは、帰宅途中にある公園の中を歩いていた


すると、薄暗い電灯の下にしゃがみ込んでいる女の子がいる


「どうしたんだ?こんな所で…」


側に寄って声を掛けると、その女の子はゆっくりとロイを振り返った


その子の顔には見覚えがあった
 
 
「君は…っ」


声を出そうとしたロイは左の脇腹に痛みを感じて手をやる


自分が刺されたのだと分かるまで、そう時間は掛からなかった


走り去る女の子を追おうにも、身体は咄嗟には動いてくれず、ロイは追うのを諦めて側にあったベンチに腰掛ける
 
 
「くっ…取り敢えず、コレをどうにかしないとな…」


ロイは自分の腹に刺さったままのナイフを見て呟く


ナイフを両手で握ると一つ深呼吸をし、その手に力を込めた


ググッ


ズッ――‥


「うぐっ!!」


すぐに傷口に強くハンカチを押し当て、荒く息をつく


幸い傷はそんなに深くなく、出血も少量で済んだ


とは言え、すぐに動ける程では無いので、ロイはもう暫く休むことにした
 
 





「やべー、すっかり遅くなっちまったな。アルのやつ心配してるかな」


ロイから頼まれていた調査報告書を出すため、エドワードたちはイーストシティに来ていた


イーストシティに寄ったついでに、とアルフォンスをホテルで待たせて日用品を買いに来ていたのだが、偶然見つけた本屋で本を読むのに夢中になってしまい、慌ててホテルに帰るところだった


近道をしようと公園に入ると、ベンチに腰掛けている黒髪の人影がある


「あれは、大佐…?」


その人物がロイだと分かり、エドワードは驚かせてやろうと背後からそっと忍び寄る
 
 
「わっ!!」


「!!…なんだ、鋼のか。びっくりするじゃないか」


案の定ロイはビクッと肩を震わせ、相手がエドワードだと分かると少し咎めるような口調で言う


「だって驚かせたんだし。それよりこんな所で何やって…」


話しながらロイを覗き込んだエドワードは言葉を失った
 
 
「大佐!その怪我っ…刺されたのか!?すぐ病院に…」


電話ボックスへ走っていこうとするエドワードの手をロイが掴む


「病院は駄目だ。2、3日休んでいればどうにかなる」


「何言ってんだよ!刺されてんだぞ!?」


「大丈夫だ。傷もそんなに深くないし、血も止まっている」


怒鳴るエドワードにロイはあくまでも冷静に言う
 
 
「何で…」


顔を歪ませるエドワードを見て、ロイは息をひとつ吐く


「この間、爆弾テロがあってな…」


「ああ知ってる、新聞で見た。民間人の女の人が軍人に撃たれて死んだってやつだろ?」


「そうだ。その民間人を撃ったのが私なのだよ」


ロイの告白にエドは驚きを隠せなかった
 
 
「彼女は娘を人質に取られ、犯人に爆弾のスイッチを押せと命じられていた。私は爆弾のスイッチを狙ったんだが、撃った瞬間に彼女が動いてね…弾はスイッチを掠め彼女の胸を貫いた」


そしてロイは自嘲気味の笑みを浮かべて呟いた


「私は彼女の娘が見ている目の前で娘の母親を撃ち殺した。」


だからこれは当然の報いだ、と言うロイの表情は辛そうだった
 
 
「でも、それは…」


「仮にも大佐である私が刺されたとなれば、軍は犯人を探すだろう。私はあの娘をこれ以上追い詰めたくないんだ」


今のロイに何を言っても無駄だと悟ったエドワードは、大きくため息をついた


「はぁ、分かったよ。…大佐、家どこだ?」


「この近くだが…何故そんな事を聞く?」


「そんな状態じゃ歩くの大変だろ?肩貸してやるって言ってんだよ」


ぶっきらぼうだが根は優しいエドワードだ、放っておけないのだろう
 
 
「ほら、立てるか?ゆっくりでいいから無理すんな」


エドワードに支えられながらロイが思わず呟いた


「少し低いな…」


その瞬間、エドワードのこめかみに青筋が浮いた


「だぁれが手を置いただけで潰れそうな豆粒ドちびだってー!??」


反射的に叫んでしまったエドワードだったが、ロイの呻き声を聞いて我に返る


「ッ…悪ぃ。大佐、大丈夫か?」


ロイは自業自得なのでああ、と答えて苦笑した
 
 





ロイの家の前に着いたエドワードが、ドアを錬金術で開けようかと考えているとロイがポケットから鍵を取り出した


「錬金術で開けるのは止めたまえよ。鍵があるのだから」


思っていることを先に言われてエドワードは少しムッとする







リビングのソファーにロイを座らせタオルや救急箱を用意すると、手早くロイの傷の手当を済ませた


リビングの電話が目に留まり、エドワードはロイを振り返る


「大佐、電話借りていい?」


「ああ、構わないよ」
 
 



トゥルルルル    ガチャ――





「もしもし、アル?」


エドワードが電話を掛けた場所はアルフォンスが待っているホテルだった


「もしもし、じゃないでしょ兄さん!心配したんだから」


「悪い悪い。あのさ、ちょっと訳あって今日は大佐の家に泊まるから」


「大佐の?…うん、分かった。あんまり迷惑かけちゃダメだよ」


詳しく聞いてこない弟に感謝しながらエドワードは受話器を置いた
 
 
「――っていうことで今日、俺ここに泊まるから」


ロイはいきなりのエドワードの申し出に驚いた


「どのみち明日にでも報告書を出しに行こうと思ってたんだ、ちょうど良かった」


すでにエドワードは泊まる気満々である


「まぁ、私は構わないが、あいにく客間は書庫になっていてねゞ」


「平気、平気。俺どこでも寝れるから」
 
 
「そうか。なら私はもう寝るが、適当に書庫の本を読んでいいぞ」


そう言いながらロイは立ち上がり、少しふらつく足取りで寝室へ向かう


「マジで!?サンキュー大佐!」


「“等価交換”だからな」


実際は錬金術師にとって自分の書庫を見せるということは、自らの手の内をさらけ出すに等しい行為なのだが、ロイはエドワードになら見せても構わないと思った
 
 





しばらくして両手いっぱいに本を抱えたエドワードがロイの寝室に入って来た


「鋼の、何もわざわざ持って来なくても向こうで読めば良いだろう?」


「安心しろ。ちゃんと電気は消すし、アンタの寝る邪魔したりしないから」


「そんな事を言っている訳では無いのだがね…まぁ好きにしたまえ。それと電気は付けたままで構わない」


―(側にいなきゃアンタに何かあったとき、俺がいる意味ねぇだろ)


―(これでも心配してくれているのだろうな。多少眩しいが、目が悪くなると困るから、仕方が無いか)


交わされた言葉は相手の事を思いやってのものだった
 
 





夜、エドワードが本を読んでいると隣で寝ているロイの呼吸が浅くなっていることに気付いてロイの額に手を当てた


「やっぱり熱が上がってきたか」


それほど高くは無いものの、やはり今のロイには辛いだろう


濡らしたタオルを額に置き汗を拭いてやる


「…ん…っ」


痛みに耐えているのであろう、時折漏らされる辛そうな吐息にエドワードの表情も険しくなる
 
 





明け方近くなり、ロイの熱もだいぶ下がり呼吸も落ち着いた


ホッと安心して眠りにつこうとするエドワードだったが、どうしてか目が冴えてしまって眠れない


もう一度本でも読もうかと動いたら、その音で目が覚めたのかロイがうっすらと目を開けた


「悪ぃ、起こしちまったか?」


ロイはいや、と言いながら額に手を当てる


「ああ、それ?少し熱があったから乗っけといた。それより気分はどうだ?」


何でもない風に軽く言うエドワードだったが、そのタオルはまだ冷たく、エドワードがこまめに替えてくれていたのだと分かる


「ああ、ありがとう。おかげでだいぶ楽になった」


ロイの言葉にエドワードは少しだけ嬉しそうにおう、と返事をした
 
 
ロイがふと時計を見ると3時を少し過ぎたあたりだった


こんな時間まで起きて看病してくれた彼にロイはすまない、と謝りそうになってやめた


彼が好意でしてくれたことに対して謝るのは失礼だと思ったからだ


きっと彼もそんなことは望んでいまい
 
 
「ほら、もうちょっと寝てろ」


そう言いながらエドワードロイの布団を上まで被せ、上からポンポンと叩く


きっと無意識なのだろうが、ロイとしてはまるであやされているみたいな妙な気分だった


「私はもう大丈夫だから、君も寝なさい」


「ん。まぁ俺はアンタと違って好きな時にいつでも寝れるけどな」


そう言うとエドワードはいいだろう、と言わんばかりにニヤリと笑った
 
 





朝、目が覚めるとすでにエドワードの姿は無く、ロイは起き上がって音のする台所へ向かった


「おはよう、鋼の」


「大佐!起き上がって大丈夫なのかよ?まだ寝てろって」


「いや、もう大丈夫だ。それより昨日はありがとう、おかげで熱も下がったし傷の方も普通にしていればたいしたことは無い」
 
 
「そっか、良かったな!あっ、何か食べれそうか?とりあえずお粥は作ったけど…熱もあったし、あんま腹に負担が掛かんない方がいいと思ってさ」


エドワードがお粥を器に付けて持ってくる


エドワードのさりげない気遣いに感謝しながら、ロイは出されたお粥を口に運ぶ


「うまいな」


ボソリと呟いたロイの言葉にエドワードは当たり前だろ!と胸を張って言う


そのエドワードの前には、これまた自分で作ったのであろうスクランブルエッグとパンとコーヒーが並んでいた
 
 





朝食を食べているとエドワードがそういえば、と口を開いた


「電話しといたから」


いきなりそんな事を言われてもロイには何の事だか分からない


「君ね…主語を言わなければ分からんだろう」


エドワードは時々、話を簡単にするために結論だけを述べる


こちらとしては何がどうしてそうなったかを知りたいのだが、本人が言うには「一々説明すんのが面倒くせぇ」だそうだ
 
 
ともかく“電話しといたから”では伝わらないので、どこに何を電話したのかを聞いた


「司令部。大佐、風邪引いたから今日は休むって言っといた。じゃないとアンタ絶対に行くだろ」


(この子供にまで行動パターンを読まれている私って…)


「分かった。今日は大人しく家で寝ていよう」


ロイの返事を聞くとエドワードは満足そうに頷いた








「そういえば報告書がまだだったな」


「別に今回は急がねぇから今日じゃなくてもいいし」


それより今は休め、と言うエドワード


「私のことは気にしなくてもいい。いつもは忙しくて中々ゆっくり読めないからな、」


そう言いながら手を出すロイ


エドワードは仕方なくその手に報告書を乗せた
 
 





「鋼の、この町は……鋼の?」


エドワードがまとめた報告書を一通り読んだロイが詳しい説明を聞こうと顔を上げると、エドワードはソファーで座ったまますやすやと寝息を立てていた


ロイは起こさないようそっとエドワードの身体を横たえブランケットを掛けると、そのあどけない寝顔に思わず笑みを零した


そしてロイはエドワードが起きるまでコーヒーを飲みながら新聞を読むことにした
 
 





「ん、…ふわぁ」


「目が覚めたかい?」


「…大佐?そっか、俺あのまま寝ちゃったんだ…これサンキューな」


エドワードがブランケットを持って、ロイが座っているイスまで来た


手渡されたブランケットを受け取り、片付けようと席を立つ






「そういえば大佐、昼は?」


時計を見ると1時を少し回ったとこだった


「いや、まだだが」


「何でもいいか?…って言っても冷蔵庫何も無いしな、俺ちょっと買い物行ってくるわ」


「私は何でも構わないが、君が作るのか?」


「当たり前だろ。何か文句あるのかよ」


ロイの問いにエドワードは少し声を低くして答える


そんなエドワードにロイは、そういうつもりで言ったんじゃない、と苦笑した
 
 
「買い物に行くなら私も一緒に行くよ」


「何言ってんだ、アンタ自分が怪我人なんだってこと分かってんのか?」


「自分の怪我の具合なら分かっているつもりだよ。しかしさすがに一日中寝たり座ったりでは飽きてしまってね、少し歩きたいんだ」


「…ったくしょうがねぇな。辛くなったら言うんだぞ?」


結局は渋々ながらもエドワードが了承して2人で買い物に行くことになった
 
 





「何にするんだ?」


「シチューは?」


「私は構わないが、シチューは牛乳が入っているんじゃないか?」


エドワードが牛乳嫌いなのは周知の事実だったから、ロイが意外そうな顔をして聞き返す


「あれは加工してあるからいいんだよ!むしろ好物!」


そう言って上機嫌で、エドワードはシチューに入れる具材を買い込んだ
 
 
家に帰ると、エドワードは早速買ってきた具材を広げてシチュー作りに取り掛かった


「何か手伝うことはあるか?」


ロイが台所にいるエドワードに聞く


「じゃ、そこのじゃがいも皮剥いて」


「………ああ」


「何だよその間は。…まさか、アンタ料理したこと無い…?」


「失礼な。私だってラーメンとカレーライスぐらいは作れるぞ」


胸を張って答えるロイにエドワードは一抹の不安を覚えた
 
 
「…もしかして、湯入れたり温めるだけとか言わねぇよな?」


「その通りだが何か問題でもあるかね?」


それって料理って言わないんじゃ、とエドワードは内心突っ込んだ


「はぁ…もういいや、アンタは向こうで座ってろ」


ため息と共に呆れたような口調で言えば、ロイは少し肩を落としてテーブルの方へ歩いていった


その姿は雨の中をしょんぼり歩く犬のようで、少しだけロイが可哀相に思えた
 
 





「ほら、出来たから温かいうちに食おうぜ」


「上手いもんだな」


ロイがシチューを口に運ぶのを見ていたエドワードは、ロイの言葉に得意げな顔になった


「鍋にまだあるから夜にでも温めて食べろ」


「ああ、ありがとう」


本人は自覚していないようだが甲斐がいしく看病をしたり、料理を作ったりするエドワードの姿は、まるで“奥さん”の様だとロイは内心苦笑した


勿論、本人に言えば確実に怒るので黙っているが
 
 





「んじゃ、俺は帰るから。大佐もあんま無理すんじゃねぇぞ」


「ありがとう。君がいてくれて助かったよ、君も気を付けて行きたまえ」


「おう!またな」


歩いていくエドワードの後ろ姿をロイは優しい眼差しで見つめながら呟いた


「次会う時までにシチューの作り方でも練習しておくか」


――きっと彼は喜んでくれるだろうから







            fin.




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