鋼の錬金術師(ロイ×エド)
特別任務
「ぜったい、い・や・だ!!」
この日、ロイに呼び出されて聞かされた任務内容に対し、エドワードが大声で叫んだ
何が嫌なのか、というと――‥
それは今から15分前に遡る
†††
「んだよ、いきなり呼び出して」
「実は君にやってもらいたい事があってね」
ロイの話はこうだ、
次の金曜に政財界のお偉いさん方が集まるパーティーが開かれることになったのだが、つい先日そのパーティーを中止にしろとの脅迫状が届いた
しかし、主催者はパーティーの中止も表立った警備も必要無いという
そこで軍上層部は東方司令部佐官であり、焔の錬金術師でもあるロイにそのパーティーに出席するよう命じた
そして、一人では何かあった時に困るので“婚約者”という形でもう一名同行するように、とも――‥
「で、何で俺なんだよ?だいたい俺、男だし。中尉が行けばいいんじゃないのか?」
「大佐が抜けて私も抜けるっていうのはちょっとまずいのよ」
リザが困ったように言う
「別に女の人ぐらい他にもいるんじゃ…」
「確かに女性は東方司令部内にもいるがね、いざとなったとき機転が利いて、尚且つ戦闘になったとき即座に対応できる、となると…」
「ちょっ、待て、何で俺を見んだよ!?第一俺はどっからどう見ても男だろ!」
慌てるエドワードにロイが自信ありげな顔で言う
「それなら心配いらない。中尉が全てやってくれる」
「だからそうじゃなくて!」
「これは任務なんだ。観念したまえ、鋼の」
「ぜったい、い・や・だ!!」
†††
という訳で、今に至る
「ほう、では君を命令違反で軍法会議所に…」
「げっ、またそれかよ」
エドワードがうんざりしたように呟く
「今回はかなり有力な賢者の石の情報もあるのだがね」
ロイがニヤリと笑う
「あ゙ー、もう、分かったよ!女装でもなんでもしてやるよ!!」
「期待しているよ、鋼の」
当日の朝、司令部の一室にエドワードは居た
部屋にはリザとリザが借りて来たであろうドレス、それにメイク道具が揃えられている
「エドワード君、まずはこれに着替えてもらえるかしら」
エドワードは言われた通り、手渡されたドレスを着てみた
「何これ、ドレスってこんな動きにくいもんなの?」
普段、動きやすさを重視して服を選んでいるエドワードにとって、一枚の長いドレスは動きにくくて仕方がないのだろう
「仕方ないのよ、機械鎧を隠さないといけないから。動きにくいでしょうけど我慢してちょうだいね」
「中尉がそう言うならしょうがねぇよな…」
リザはドレス姿のエドワードに合った髪型とメイクを仕上げていく
しばらくして鏡を見たエドワードが驚きの声を上げる
「すげぇ、これが俺?」
その後は、立ち居振る舞いを一通りリザから教わった
「そろそろ行きましょう、みんながお待ちかねよ」
リザに促され、エドワードは司令室へ向かった
―絶対、笑われる――‥
エドワードがそう思いながら扉を開けた瞬間、室内がしんと静まり返った
恐る恐る顔を上げてみると、皆ポカンと口を開けていた
ロイも口元に手を当てて言葉を失っている
「え…俺、変?」
思わず聞き返したエドワードの言葉に、ロイが我に返る
「いや///…とても良く似合っているよ」
「しかし、本当びっくりッスよね。まさか大将がここまで変わるなんて…大佐なんて柄にもなく照れてましたからね」
冗談混じりに言ったハボックをロイが軽く睨む
そこへカメラを手にしたフュリーがやってきた
「折角なんで、お二人ともそこに並んで下さい」
「別に写真なんて撮らなくていいって」
渋るエドワードをハボックが強引にロイの隣に並ばせる
「結局こうなるのかよ…」
ため息混じりに呟いた後、横目でチラリとロイを見る
「まっ、でもアンタも結構似合ってんじゃん」
その言葉にロイは一瞬驚きながらも、柔らかく微笑みながらありがとう、と言った
「じゃあ撮りますね、」
カシャ――‥
写真を撮り終え、時間になったので、エドワードとロイはハボックの運転する車に乗り込んだ
「鋼の…っと、さすがにこの呼び方はまずいな。…エディでいいか?」
「エディって、それエドワードの略称じゃねぇか」
「そうだが、下手な名前を付けるとうっかりボロが出るかもしれんからな。それにエディが女性の名前で変、ということはなかろう」
「はぁ、もう何でもいいや…好きに呼んでくれ」
エドワードと対照的にロイが少し嬉しそうなのは気のせいだろうか
「それと、私のことはロイと呼べ。婚約者が階級呼びではおかしいからな」
「………マジかよ」
車が会場に到着すると、ロイは先に車を降り、エドワードが座っている席のドアを開けて笑顔で手を差し出した
(けっ、慣れてやがる…このキザ野郎が)
そう内心で毒づくと、エドワードはロイの手を取らず車から降りた
「あっ!!」
ところが慣れないヒールのせいで一歩踏み出したエドワードの身体が前のめりに倒れそうになる
咄嗟に側に居たロイがその身体を抱き留めたので転ぶことは無かったが、エドワードは顔から火が出そうなぐらい恥ずかしかった
「大丈夫かい?転ぶといけないから腕を掴んでいなさい」
「なっ!そんな恥ずかしいこと出来るかよ!」
「ほう、君は私の腕を掴むより顔面から突っ込んで転ぶ方が恥ずかしくない、と?」
意地悪くそう聞き返すと、エドワードは引ったくるように腕を掴んできた
その姿に苦笑しながらもロイは歩き出す
会場に入ると皆がこちらを振り返る
「なぁ、何か俺達浮いてない?」
エドワードはこういった注目を浴びることに慣れていない為、少し居心地が悪そうに身じろぐ
「そんなことは無いさ。それより、仮にも今君は私の婚約者なのだからもっと堂々としていたまえ」
「婚約者、か…そうだよな。分かった」
今のエドワードとロイは、誰がどう見ても美男美女のカップルにしか見えないから人の目を引くのは当然だと言える
ロイが他の人に挨拶をしている間、エドワードは少し離れた所から見るとも無しにロイの姿を見ていた
軍人らしさは欠片も無く、紳士的な振る舞いと笑顔はそこに立っているだけで人の目を引き付ける
きっとどんな人込みの中にいてもそれは変わらないだろう
エドワードがそんな事を考えていると後ろから「お嬢さん、」と声を掛けられた
振り返ると、いかにも成金上がりの下品そうな男が立っていた
酔っているのかその頬が少し赤く酒臭い
「お嬢さん、可愛い顔をしてるね」
そう言いながら男はエドワードの頬を撫でるように触る
思わず身体を固くしたエドワードだったが、何とか愛想笑いを浮かべる
「ど、どうも…」
「そんなに緊張しなくてもよい」
その態度を緊張しているととったのか、男がエドワードの耳元で囁く
その気色悪さに背筋がゾクリとした
「エディ、どうかしたか?」
丁度そこへロイがやって来た
エドワードを自分の身体で隠すように1歩踏み出すと、目の前の男に笑みを向けた
「私は彼女の婚約者のロイ・マスタングと申します。以後お見知りおきを」
しかしロイの目は笑っておらず鋭い光をたたえている
暗に、彼女に手を出すことは許さない、と言っていた
男はそれに怯んだのか、「何でもない、」と言ってその場を逃げるように立ち去っていった
「珍しいな。普段の君ならあんな輩、真っ先に殴り倒していただろう?」
ロイが不思議そうに尋ねるのでエドワードは言いにくそうに口ごもる
「だって…」
「何だね?」
「だって、もし俺があそこで問題起こしたりしたらアンタに迷惑が掛かるから…」
「ここには偉い人ばっかいるんだろ?」と言いながら見上げてくる瞳には不安と緊張が混ざっていた
エドワードにしたって普段からロイに迷惑を掛けたい訳じゃないのだ
むしろ、いつも迷惑を掛けているのが分かっているから、自分に出来ることならロイの助けになりたいと思っている
ただ素直じゃないので言葉にしたり、態度で示すのが苦手なだけで…
「そうか、すまなかったな。私に気を使わせてしまって」
ロイが少し苦笑しながら呟く
「違っ、別に…」
言いかけたところでロイが遮るように言う
「だが、次からはちゃんと嫌なことは嫌と言うんだよ?」
さすがに殴るのはまずいがね、と小さく笑うロイにつられてエドワードも笑った
「さて、少し私と踊って頂けませんか?姫君」
「お、おう…」
ごく自然に手をとって微笑むものだから、“姫君”に対して突っ込むのも忘れてつい返事をしてしまった
それぐらいにロイの仕種は完璧で格好良かった
コイツに惚れるのも分かる気がする、と納得した後で自分の思考にハッとする
(これじゃ、まるで俺がコイツに惚れたみたいじゃねぇか///)
「あっ、でも俺踊れないんだけど…」
連れて来られたはいいが、ダンスなど踊ったことの無いエドワードは戸惑った
「安心しなさい、私に動きを合わせるだけでいい。身体を私に預けて、力を抜いて…そう、上手いぞ。君は飲み込みが早いな」
最初はぎこちなかった動きも、曲が半ばを過ぎる頃には余裕が出てきた
そこでエドワードが、はたと気が付いて自分の状況を見てみれば、手はロイの手をしっかり握っており、身体はロイがつけているコロンが微かに香り、体温が感じられるほど密着していた
それに気が付いた途端、エドワードの心臓はロイに聞こえてしまうのではないかと思うぐらい早鐘を打ち、顔は熱く火照ってきた
「ちょっ、俺、トイレ行ってくる!」
そう言うなりエドワードはロイから身を離し、ホールを出ていこうとした
「待ちたまえ。まさかとは思うが、君は男子トイレに行く気かね?」
ロイがエドワードの腕を掴んで引き止める
「あっ!しまった」という顔をするエドワードにロイがニヤリと笑った
・・・
「女性はあっちだよ――エディ」
トイレから戻ってきたエドワードが会場を見渡すと、テーブル席にロイが座っているのが見えた
ロイもエドワードに気付いて片手を挙げて応える
「コレすげぇ面倒くさいんだけど…」
エドワードが足元まであるドレスをヒラヒラさせながら言う
「仕方が無いだろう、そうでもしないと機械鎧が見えてしまうんだから」
ロイの言うことは最もなのでエドワードもそれ以上は言わずに席に着く
「しかも、バレるんじゃないかって冷や冷やしたぜ、全く」
「まぁ、それに関しては君がドジを踏まなければ大丈夫だろう」
何しろ今の君は誰が見ても美しい女性にしか見えないからな、と付け足す
「俺は男だ!んな事言われたって嬉しくねぇ。大体、アンタそれ面白がってんだろ」
「おや、よく分かったな。君がこんな女装をするなんてまず有り得ないことだからね、少しぐらい楽しんでもバチは当たるまい」
「見物料取んぞ、コラ」
しばらくして食事も終わりパーティーもお開きとなった
「結局何も起きなかったじゃねぇかよ」
「ただの脅しだったんだろう。良かったじゃないか、何も起きなくて」
ロイの言葉にエドワードは不満そうに答える
「こっちは女装までして出たくもないパーティーに出てやったのに、これじゃ全くの無駄骨じゃねぇか」
「私は結構楽しかったがね」
「失礼します。マスタング様とその婚約者の方ですね?主がお二人に話があるとの事ですのでこちらへどうぞ」
エドワードとロイが話しているとボーイが声を掛けてきた
そのボーイに着いていくと誰もいない部屋に通された
「もうしばらくお待ち下さい」
紅茶を運んできたボーイがそう言って部屋を出ていく
だが、二人は気付かなかった…
ボーイが部屋を出る直前に意味深な笑みを浮かべたのを
ロイは出された紅茶を一口飲んだ
コクン――‥
瞬間、鋭い痛みとも取れるような苦しさがロイを襲う
それが毒だと分かり慌ててエドワードの方を見ると、彼もまた紅茶を口に含んだところだった
「っ鋼の!!」
ロイは咄嗟にエドワードの唇を自らの唇で塞ぎ口内の紅茶を飲み下した
「なっ!?何しやがるテメェ!」
驚いたエドワードが思わずロイを突き飛ばして怒鳴った
しかし倒れたロイの様子がおかしいことに気付き、近寄ろうとする
だが、膝に力が入らずエドワードもその場に倒れ込む
「…んだよ、これ…身体が痺れて…力が入らねぇ…」
「大佐…しっかりしろ!」
這うようにしてロイの元までたどり着いたエドワードは、苦しそうに呼吸をするロイに呼び掛ける
「っ…鋼、の…ハァ、ハァ…大丈、夫…か?」
「俺は大丈夫だけど、アンタが…」
「私なら…ッ…心配無…い…ハァ、ハァ…それ、より…ッ…あまり、動く…なよ…ハッ…毒の、まわ…りが…早く、なる…」
まともに呼吸が出来ないのだろう、途切れ途切れに話すロイは浅い呼吸を繰り返していた
「このままじゃ、大佐が…」
辺りを見回すと水の入ったティーポットが置いてあるのが見えた
思うように動かない身体を引きずるようにして、ティーポットの側まで行き、中を確認するとそれを持ってロイの元に戻った
「大佐、ホラ…水飲め」
水で体内の毒を少しでも薄めるという安易な考えだが無いよりマシだろう
しかしロイの意識は既に無く、呼吸も弱々しいものへと変わっていた
水を飲ませようとしても口の端しから零れるばかりだ
「くそっ、大佐!しっかりしろよ!」
(こうなったら…口移しで飲ませるしかない、か…)
エドワードはしばし考える
(まさか野郎と…しかもよりによって大佐とキスすることになるなんて…ってか、俺のファーストキスは大佐ってことか!?…最悪…)
(でもあの時――‥大佐は躊躇い無く俺を…大佐が助けてくれなきゃ俺も今頃こうなってたんだよな)
エドワードは傍らに倒れているロイを見て静かに目を閉じる
その脳裏には転びそうになって抱きとめられたことや、ダンスの時に見せた柔らかな微笑みが浮かぶ
「仕方ないか、やっぱ借りは返さなきゃな」
そう言うとエドワードは水を口に含み、倒れているロイに口付けた
不思議と嫌悪感は無かった
コクン――‥
ロイが水を飲んだことに安堵する
そうして、何回か水を飲ませるとロイの呼吸が次第に落ち着きを取り戻してきた
「良かった…これで一安心だな」
フラッ――‥
「ッ…やべ…身体に力が入んねぇ…」
動いたことで完全に身体に毒が回ってしまったのか、エドワードはそのまま倒れ込み意識を失った
しばらくして駆け付けた兵士によって2人は病院に運ばれ、治療を受けた
エドワードは直ぐにでも退院したかったのだが、念のため一晩入院することになった
「先生、大佐は?」
「ああ、マスタング大佐なら心配無いよ。今は眠っているが君の処置が早かったおかげで大事には至らなかった。君と同様、明日にでも退院できるだろう」
「そっか、良かった」
その言葉に安心したエドワードはロイの顔を見るため、ロイの病室へ向かった
コンコン――‥
普段ロイの執務室に入るときはノックもせずに開けるのだが、一応病院ということもあり、聞こえるか聞こえないか程度のノックをした
「はい、どうぞ」
寝ていると聞かされていたロイが起きていたと分かってエドワードは入るのを一瞬躊躇った
しかし、ノックをした以上入らないわけにもいかないのでエドワードは仕方なくドアを開けた
「よお、大佐」
「鋼の!もう身体は大丈夫なのか?」
ロイの顔には“心配”の2文字がありありと浮かんでいた
「うん、俺は大丈夫。っていうかアンタの方こそ大丈夫なのかよ?その…俺を庇ったせいで///」
ロイに唇を塞がれた時のことを思い出して顔が赤くなる
「私なら大丈夫だ。君のおかげだよ、ありがとう」
そう言いながらロイは親指で軽くエドワードの唇を拭った
「え…」
(てっきりからかわれると思ったのに…)
ロイの瞳にはからかいの色など微塵も無くどこまでも優しかった
「アンタも明日退院なんだろ?それまでゆっくり休めよな!んじゃ」
そう言うとエドワードはそそくさと部屋を出ていってしまった
部屋に戻ったエドワードは頭から布団を被り、必死に顔の火照りを抑えようとしていた
(ったく、何だってんだよ、大佐のヤロー…いきなり唇に触ったかと思ったらあんな目で見つめやがって///)
普段と違うロイの表情にエドワードは戸惑いを隠せずにいた
(調子狂うじゃねぇか…バカ)
「そういえば渡すのを忘れていたな」
エドワードがそんなことを考えているとき、ロイは机の引き出しに入っていた写真を眺めていた
それは今朝、フュリーが撮った写真だった
写真には穏やかな笑みを浮かべているロイと、綺麗なドレスに包まれて照れくさそうに頬をかくエドワードの姿が写っていた
―アンタも結構似合ってんじゃん―
エドワードの言葉を思い出し、頬を少し緩める
今日は色々なことがあって正直死ぬかもしれない、と思ったこともあったが振り返ってみると嫌なことばかりでは無かった
滅多に見れないエドワードの姿や表情、共有する時間はどれも楽しいものだった
「たまにはこういうのも悪くないな」
ロイの呟きは満足気なものだった――…
fin.
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