鋼の錬金術師(ロイ×エド)
心に刻まれた記憶

「大佐、大変ッス!!」


「おいハボック、ノックぐらいしろ」


執務室の扉を勢いよく開けて入って来たハボックは、ロイの言葉に慌ててすいません、と謝った


「それでどうした?」


「それが、さっきイーストシティ駅周辺であった爆発に列車が巻き込まれて…」


「その件ならすでに連絡がきている」


ハボックの言葉を遮るようにロイが言う


「そうじゃなくて、その列車の乗客名簿に大将の名前が載ってたんスよ!それで問合せたら怪我して病院に運ばれたって…」


「なん…だと?」


ハボックが告げた言葉に一瞬頭が真っ白になる


「その病院はどこだ、これから向かう」


「じゃ、俺送ります」


ロイはそれに頼む、とだけ答えて副官の元へ向かった
 
 





「中尉、すまないが後は任せる」


「分かりました」


本来ならこのような状況で司令官が持ち場を離れることは許されないことだったが、この上司はエドワードのことになると何を言っても聞かないのだ


そのことをリザも分かっているのか、直ぐに了解の意を示した


最もリザや司令部の面々はあの兄弟を弟の様に可愛がっているので、ロイが言い出さなかったとしてもリザの方から勧めたであろうが







病院に着いたロイは受付でエドワードの病室の番号を聞くと教えられた部屋へ向かった


病室の前にはポツンと座って俯いているアルフォンスの姿があり、ロイは不安に駆られながらも努めて冷静に声を掛ける


「アルフォンス」


そこでやっとロイの存在に気付いたアルフォンスが顔を上げる


「大佐…」
 
 
表情は見えないものの、アルフォンスが暗く沈んでいるのは一目見て分かった


「すいません、忙しいのにわざわざ…」


「そんなことは気にしなくていい。それより大丈夫なのか?」


「あっ、はい、僕は…ただ兄さんが…」


そこで言葉を切ったアルフォンスにロイの表情は険しくなる


「鋼のはそんなに酷い怪我をしたのか…?」
 
 
「いえ、怪我はたいしたこと無いんです。かすり傷程度だったから…ただ記憶が…」


「記憶…?」


ロイの問い掛けにアルフォンスはまた俯いて話し始めた


「はい。爆発に巻き込まれて頭を強く打ったせいで…お医者さんの話しでは一時的なもので、何かの拍子に思い出すだろうとのことでした」


内容とは裏腹にアルフォンスの声は暗くなっていく
 
 
「基本的な読み書き計算は出来るんですが…僕のことや旅のこととかは一切覚えてないみたいで――‥」


「!?」


その言葉にロイは絶句した


あのエドワードが弟のことを忘れるなど有り得ないことだった


元の身体に戻ることだけを考えて、互いのことを第一に思いやるこの兄弟の絆は深く強い


それは例え恋人のロイであっても入り込める隙間は無かったしそれでもいいと思っていた







「とにかく、一度鋼のに会いたいのだが」


「あっ、そうですよね。それに大佐に会ったら兄さんも何か思い出すかも」


アルフォンスとロイが部屋に入るとベッドで寝ていたエドワードが目を開ける


しかし、その目にはいつもの力強い輝きは無く所在無げに揺れている


「鋼の」


恐る恐る声を掛けてみた


「アンタ、誰?」


「っ…」


頭を鈍器か何かで殴られた気分だった


覚悟はしていたが、実際目の当たりにすると何も考えられない自分がいた


「鋼…の…」


もう一度小さく呟く
 
 
「鋼のって俺のこと?」


何も言わないロイを見兼ねてアルフォンスが口を開く


「そうだよ。兄さんは鋼の錬金術師っていう国家錬金術師で、この人はロイ・マスタング大佐。兄さんの後見人で、僕たちの保護者みたいなものだよ」


「ロイ…マスタング…?」


「どう?何か思い出せそう?」


「んー、いや、やっぱ何も思い出せねぇや…ごめん」
 
 
「そうか…。君が謝る必要は無い。すまないが私はこれで失礼するよ」


仕事が残っているのでね、と言いながらロイは部屋を出ていった


その後をアルフォンスが慌てて追い掛ける


「大佐!」


「アルフォンス…すまないね、君の方が辛いはずなのに」


そう言ってロイは寂しそうに笑った







仕事が終わり、病院に着いたのは10時少し前だった


普通なら面会時間はとうに終わっているが、ここが軍の病院なのとロイがエドワードの後見人でもあるため、受付の看護婦は快く通してくれた


そっと病室に入るとベッドで寝ていたエドワードが目を開けた


「えと、マスタング大佐…?」


「ああ、起こしてしまったか」


ロイの言葉にエドワードは首を振って身体を起こす


「とりあえず暇潰しにと本を買って来たんだが、今の君が何が好きなのか分からなくてな…」


そう言いながらベッドの上に数冊の本を並べる


その内容は少々難しそうな錬金術書から漫画、絵本まで様々だ


「ぷっ、これアンタが選んだの?」


笑いながら手に持っているのは犬と男の子が手を繋いで走っている絵が書いてある本だった


似合わねー、と目に涙を溜めながら笑っているエドワードを見てロイは少しバツが悪そうに目を逸らした
 
 





「それじゃ私はこれで帰るよ。起こしてすまなかったな」


「えっ、もう帰っちゃうのかよ?もう少しいればいいのに…」


呟くエドワードの頭に手を置いて、寂しいのかい?と聞けば黙って俯く


「明日も来る?」


エドワードの問い掛けにロイは少し考えてから、ああ、と返事をした


途端にエドワードの顔がパッと明るくなる


「本当?約束だぜ?」


そう言って小指を差し出してきた


その小指にロイが指を絡めるとエドワードは嬉しそうに笑った


「明日も来るから、今日はもう寝なさい」


ロイの言葉にエドワードは素直に頷いてベッドに横になった


「おやすみ、鋼の――‥」
 
 





運の悪いことに翌日は、市中でテロが発生してロイはその指揮を取っていた


事件が収まった後も司令部に戻って事後処理が残っている


決してエドワードとの約束を忘れていたわけではないが、気付いた時にはすでに“今日”という日はとうに過ぎていた


脳裏に昨日のエドワードの嬉しそうな顔が浮かぶ


ロイは車をとばして病院へと急いだ
 
 





時間が時間なので寝ているだろうと思いながらそっと扉を開けると、予想に反してエドワードは起きていた


真っ暗な部屋のベッドに膝を立ててポツンと座る姿に心が痛む


「鋼の…」


ロイが呼び掛けても顔を上げようとしない


側まで行きもう一度声を掛ける
 
 
「鋼の、すまなかった。遅くなってしまって」


顔を覗き込むとふい、と目を逸らされる


「…したのに」


「え?」


呟くエドワードの声が聞き取れなくてロイは聞き返した
 
 
「約束したのに!!」


今度はきつく睨み返された


「すまなかった。エドワード」


抱きしめながら名前を呼ぶとエドワードはピクリと身体を震わせ顔を上げる


普段ならここでキスの一つでもするのだが、さすがに今のエドワードにそんなことが出来るはずも無くロイはただ優しく微笑んだ
 
 
「…心配した」


「うん?」


エドワードが呟いた声に耳を傾ける


「最初は忘れたのかもとか、忙しいんだろうとか思ったけど…段々事故に遭ったんじゃないかとか事件に巻き込まれたんじゃないかって不安になってきて…アンタのことが心配で眠れなかったんだよ///」


顔を赤らめて言うエドワードにロイは思わず目を見開いた


(ああ、もうどうしてくれようこの子は…可愛い過ぎる)


ロイは理性をかき集め、押し倒したい衝動を必死で堪えなければならなかった
 
 





「すまなかったな、お詫びに何かしよう。何がいい?」


「じゃあさ、さっきの…ぎゅってして髪梳くの…ダメ?」


何も言わないロイにエドワードの声が段々小さくなっていく


「あっ、いや、ダメじゃないが…本当にいいのか?そんなことで」


ロイの問い掛けにエドワードは恥ずかしそうに小さく頷いた
 
 
「なんか、こうしてると安心する」


抱きしめながら髪を優しく梳いてやると、目を細めて自身の体重を預けてくる


(まるで猫だな…)


今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうな様子のエドワードにロイは内心ひとりごちる


そうしているうちに、いつの間にかエドワードは眠ってしまったみたいだった


ロイは起こさないようにエドワードをベッドへ寝かせ、額にそっと口付けて病室をあとにした
 
 





「大佐、今日はもうこれで書類もおしまいですから帰られても結構ですよ」


エドワード君のところに行かれるのでしょう?と問うリザに軽く微笑むとロイはイスから立ち上がった


「ああ、ではお言葉に甘えて私は先に失礼するよ」


定時で司令部を退社したロイはそのまま自身の夕食とデザートを買うと病院へと向かった
 
 





コンコン――‥


「やあ、鋼の。調子はどうだい?」


「え、大佐!?何で?」


突然のロイの訪問にポカンとするエドワード


「今日は仕事が早く終わったからな、昨日のお詫びも兼ねて」


デザートが入った袋を差し出せば目を輝かせて中を覗いている
 
 
上機嫌でデザートを食べているエドワードの横でロイも夕食を食べようと広げる


「あっ、グラタン…」


「食べるかい?」


グラタンを渡すとパクパクと美味しそうに口に運んでいる


「そんなに美味しいかい?」


ロイがそう言いながらエドワードを見て微笑む
 
 
「っあ!ごめん、これアンタの晩御飯だったよな…」


「構わないよ、好きなだけ食べなさい」


でも、と戸惑うエドワード


その口元にクリームソースが付いているのを見たロイはそれを指ですくってペロリと舐めた


「なっ!何してんだよっ…///」


「何ってクリームが付いていたからね」


エドワードの言葉にロイは涼しげな顔で答えた









結局エドワードはグラタンを完食し、デザートもほとんど平らげた


それから2人は他愛ない話をして笑い合った


(記憶が無くても鋼のは鋼の、か…)


こちらが言ったことに対してポンポンと返してくるエドワードにロイは懐かしさを覚えた







「なあ、アンタってさ、本当にただの後見人…?」


真っ直ぐなエドワードの問い掛けにロイは一瞬言葉に詰まる


「君が、それを言うのか…」


「え?」


ロイの哀しげな呟きの意味が分からずエドワードは聞き返す


「確かに、君と私はただの上官と部下という関係では無い。君と私は…恋人だった――‥」


突然のロイの告白にエドワードは驚きを隠せない


「え!?で、でも俺男だし、まだ16歳で…それに、えっと…」
 
 
「そんな事は分かっている、それでも私は君を愛しているし、君も私を愛してくれていた…」


「お、俺は…そんないきなり恋人だとか言われても覚えてないし…」


「ああ、そうだな。だが、君が覚えていなくても私は覚えている。例え君がこの先、私の事を思い出さなくても、何度でも惚れさせて見せるよ」


ロイはそう言ってエドワードに口付けた


最初はただされるがままだったエドワードが、暫くするとロイのキスに応えるように自らも舌を絡ませてきた


「っはぁ…大、佐…」


互いの唇が離れると、エドワードは少し息を切らしながらロイを呼ぶ


視線が合うとロイが柔らかく微笑んだ


「おかえり、鋼の…」


「…ただいま///」







            fin.




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