鋼の錬金術師(ロイ×エド)
その瞳に映るのは

ロイは市中見回り―という名のサボリ―に出ていた

時折、女性から掛けられる声に愛想良く返事をし、どこに行くわけでもなく街をブラブラしていた


ドンッ!!――‥


その時、すぐ近くで一発の銃声が聞こえた
 
ロイの顔に緊張が走り、直ぐさま音のした建物へと向かう





その建物は街のはずれにある廃屋で、中には銃やナイフ、鉄パイプを持った数十人の男達が暴れていた

その中央に見慣れた赤いコートと金色が見えた
 
「鋼の!?」

「大佐!丁度いいところに…ッ…この人数一人で相手すんのにはちょっと多くてさ」

そう言いながらも襲ってくる敵を次々と倒していくエドワード
 
「で、この状況は何なんだ?」

ロイも話しながら敵に応戦する

「俺にもよく分かんねぇよ…っと…街であやしい奴見かけて、つけてきたらここに入って…んで、俺も中に入ってみたら怖ーいおじさん達が武器持って待ち構えてたって訳」

「ふん、見事に嵌められた訳だ」
 
話が一段落着いた頃には敵もあらかた片付いており、二人はほっと息をつく


その僅かな油断がいけなかった


エドワードが微かな物音に振り返った時には、既に銃口は自分の方に向けられていて、錬成も間に合わず、避けられない、と思った



ドンッ!!――‥



銃声と共に目の前に飛び込んできた青色はとても鮮やかで、それがロイの軍服だと気付くのに時間がかかった





ロイは倒れそうになる身体をなんとか支え、エドワードを振り返った

「鋼の…怪我は無いか?」

その言葉に我に返ったエドワードはロイの腹部から流れる血を見て愕然とした
 
「アンタ何やってんだよ!!何で俺を庇ったりなんか…」

「身体が勝手に動いてしまってね…でもたいしたことは無い」

微笑するロイだったが、実際は怪我の状態は立って笑っていられる程度のものではなく、弾は貫通しておらず左腹部の深くに残ったままだった

押さえている傷口から流れる血はロイの足元に徐々に血だまりを作っていった
 
「ぐっ…ハァハァ…ッ」

流石に立っていられなくなったのか、ロイは屈み込んでしまう

「大佐!」
 
エドワードがロイを支えながら仰向けに寝かせると、ロイはうっすらと目を開き微笑んだ

「そんな顔をしなくても、私は大丈夫だ…それにここに来る途中、街の人に軍に通報する様言っておいた…ハァハァ…直に中尉達が来るだろう…ッ」 
 
「それ以上喋んな!クソッ!血が止まんねぇ」

エドワードが持っていたハンカチをロイの傷口に当てて強く押さえるが、血はなかなか止まらずどんどんロイの体力を奪っていく
 
ようやく出血が止まった頃にはロイの顔からは血の気が失せ、息遣いも荒くなっていた





ロイは酷い出血のせいで目の前が霞んできており、このまま意識を手放してしまおうかと思ったが、自分を泣きそうな顔で見つめている目の前の子供をどうにか安心させてやりたくて、何度も“大丈夫だ”と繰り返した
 
それから直ぐに軍の応援と中尉達が乗った車が来た





「エドワード君!」

リザがエドワードの姿を見つけ走り寄ってきた

「中尉!!大佐が…大佐が俺を庇って…銃で撃たれて…血がっ」
 
「エドワード君、落ち着いて!とにかく大佐を車まで運ぶのよ」

リザは取り乱すエドワードを落ち着かせて、ロイの状態を確認する

「大佐!大丈夫ですか?」
 
「中…尉か…私は…大丈夫…だ…ッ」

大丈夫だ、というロイだったが傷や出血の量を見るにとても“大丈夫”な状態で無いのは火を見るより明らかで、リザは少し眉をひそめた
 
少し遅れて到着したハボックがこっちに気付いて駆け寄ってくる

「大佐!ヒドイ怪我じゃないッスか」

横たわるロイと側で泣きそうな顔をしているエドワードを見て、ハボックは何があったか大体分かったようだった
 
「ハボック少尉は大佐を車まで運んで下さい。エドワード君は私と一緒に来て頂戴」

先に車に向かったリザとエドワードの後ろから、ハボックはロイを抱え上げ、身体に負担がかからないようにゆっくり歩いた

「…何が悲しくて男に抱き抱えられなきゃいけないのか…そんな顔してますよ?アンタ今」

意地悪く笑ったハボックを軽く睨んでやれば、ハボックは途端に怒ったような顔になった

「大佐、自分の立場分かってるんッスか?」
 
「血だらけで倒れてるアンタを見て、俺や中尉がどれだけ心配したか。エドにしたってそうだアンタの側で泣きそうな、すごく辛そうな顔してた…大佐ならもっと上手くやれたんじゃないッスか?」

「鋼のに…銃が向けられるのを見た瞬間…考えるより先に…身体が動いてしまってね」

そう言って苦笑するとハボックは呆れたように長いため息をついた
 
「大佐はあの兄弟のこととなると無茶しすぎです。今だって大佐にもし万一の事があったら、アイツは…エドは一生悔やむことになるんだ、それくらい分からないアンタじゃないでしょう?」

「…ああ…次からは気を付けるよ」

ハボックの真剣な眼差しと物言いにロイは素直に謝る
 
車の前でエドワードが心配そうにこっちを見つめていた

ハボックはロイを車に乗せ、リザに声を掛けた

「中尉、俺はこのまま此処に残って後処理をしなきゃならないんで、大佐のことお願いします」

ええ、と返事をするリザの表情も心なしか強張っている
 
俯いて、唇を噛み締めているエドワードの肩に手を置いてハボックは優しく言った

「エド、大佐なら大丈夫だからそんな顔すんな」

ハボックの言葉に小さく頷くとエドワードは後部座席に乗り込んだ
 
「大佐、俺の膝に頭乗せて横になっていいから…」

隣に座るロイにエドワードが少し照れくさそうに言うと、ロイはありがとう、と呟いてエドワードを見上げる形で横になった
 
「珍しいな…アンタが汗かくなんて」

ロイの額の汗を拭いながらエドワードは顔をしかめる

「…ッ…私だって汗ぐらいかくさ…ハァハァ」
 
そうは言うものの、エドワードは今まで一度だってこの男の汗をかいたところなんて見たことが無かった

いつも口では暑いと言いながらも、どんなに暑い日でもこの男は涼しい顔をして分厚い軍服を着ているのだ

そのロイがこれほど汗をかくということは、相当な痛みに耐えているという証拠だった

「暑いか?」

エドワードの問いかけにゆっくりと首を振る

「いや…少し寒いくらいだ…」
 
そう言うロイにエドワードは自分の着ていたコートを掛けてやった
 
そして、撃たれたところを押さえているロイの手に自分の手を添えたエドワードは、あまりの冷たさに驚いた

「君の手は…温かいな…」

「大佐の手が冷た過ぎるんだよ」
 
いくらロイの手が、普段から温かいエドワードの手とは違って冷えているといっても、これは尋常ではない

ロイはエドワードの手を握って口の側まで持ってくると、そっとエドワードの手に口付けその手を自分の頬に触らせた

そして徐々に薄れていく意識の中で、エドワードの温もりを感じながら僅かに微笑んだ





病院に運ばれたロイは、予想以上の傷の深さと出血で、とても危険な状態だった

大量の輸血をしてなんとか一命は取り留めたものの、危険な状態に変わりなく、集中治療室で様子を見ることになった





2日目には個室に移せるぐらいには安定したものの、未だに意識の戻らないロイの側をエドワードは離れようとしなかった

看護婦や他の者がいくら代わると言っても聞こうとしない

きっと“自分のせいでロイが撃たれた”と、自分をずっと責め続けているのだろう
 
そして3日目の昼も過ぎた頃、眠ったままだったロイに変化があった


ピクリと指先が動く


「大佐?」

それに気付いたエドワードがロイを呼ぶと、ロイはうっすらと目を開けた
 
まだ意識がはっきりしないのかボーっとするロイにエドワードがもう一度、大佐、と声を掛けると今度はちゃんとエドワードの方を向いた

「鋼の?」

「よかった…気が付いたんだな」

安堵の表情を浮かべるエドワードだったが、次のロイの言葉に愕然とする
 
「すまないが…暗くてよく見えないんだ、電気を付けてくれないか?」

「何言って…こんなに明るいのに…まさかアンタ目が!?」

エドワードはロイの瞳に何も映っていないのを、信じられない面持ちで見ていた
 



 
「医者が言うには失血性のショックで一時的に目が見えなくなってるんだろうって…ごめん、俺を庇ったせいで…」

エドワードの辛そうな声にロイはいたたまれなくなって、なるべく優しく話し掛ける

「君のせいじゃない、私が勝手にしたことだ…君が気に病む必要は無い」
 
「でも…目まで見えなくなって…」

エドワードが俯いたまま話し出す

「俺、小さい頃に遊んでて壷が頭から抜けなくなったことがあってさ、母さんもアルもいなくて…助けを呼ぼうにも何も見えないから動けば色んな所にぶつかるし、真っ暗で心細くて…ずっとこのままだったらどうしようとか考えてたらすごく怖かった…だから今の大佐もそうなのかなって…」

段々と声が小さくなっていくエドワードにロイは苦笑する

「確かに目が見えないのは少々不便だが怖くはない。それに今は君が側に居てくれるからな」

そう言って優しく微笑んでやれば、エドワードは途端に恥ずかしくなったのか「ちょっとトイレ行ってくる///」と言って出ていってしまった





一人になったロイは起き上がろうと身体を起こそうとするが、途中で突き刺すような痛みに襲われ「うっ!」と呻き、ベッドに倒れ込んだ

丁度そこにエドワードが帰ってきて慌ててロイの元へ駆け寄る

「大丈夫か!?…ッ勝手に動くんじゃねぇよ!傷口開いたらどうすんだよ」
 
「少し身体を起こしたくてね…」

手を添えて身体を起こしてやると、ロイはぼんやりと窓の外を眺めていた―といっても目は見えていないので“眺めていた”というのとは少し違うが―

そんなロイの姿を見たエドワードはロイが消えてしまうんじゃないかと不安になり、ロイの手をぎゅっと握りしめた
 
「…鋼の?」

何も言わずに手を握るエドワードの不安な気持ちが伝わったのか、ロイは柔らかく微笑みながらその手を握り返した

「アンタの目が見えるようになるまで、俺が看病してやる」

突然の申し出に驚いたロイだったが、エドワードの声に自分を責めるような響きが無いのを感じ頬を緩めた

「嬉しいね、君が看病してくれるなんて」
 
エドワードは「だから早く元気になれ」と続ける

こればっかりは日にち薬なのでロイ自身がどうこうできるものでもなかったが苦笑しながらとりあえず、ああ、と答えた
 
 



しばらくすると看護婦が2人分の夕食を運んできた

ロイは目の前のテーブルに置かれた食事に手を延ばすが、如何んせん目が見えないのでは箸すら探せない

エドワードがしょうがないというように器の煮物を一口取ってロイの口に運ぶ
 
黙ったままそれを租借するロイにエドワードが首を傾げる

「不味いか?」

「いや、よく分からないんだ…目が見えないとこんなに味が分からなくなるものなのだな…」

そう呟くロイはどことなく寂しそうだった
 
何を思ったのか、エドワードはロイのおかずを一口ずつ味見していく

そしてその中の一つを再びロイの口に運ぶ

「ん、大根と人参の甘辛で煮たヤツ」
 
驚きながらもロイがそれを口にすると、今度はちゃんと味が感じられた

それと同時に思わず笑みがこぼれる

そんなロイを見て、エドワードは何だよ、とムスっとして言う
 
「いや、ありがとう」

その後もエドワードは話をしながらでも必ず、どんな味かを言ってからロイの口に運んだ
 
 



「鋼の、もう十分だ」

3分の1程度食べたところでロイは腹部の痛みが段々酷くなってきたのを感じエドワードに声をかけた

「十分って、アンタまだ半分も食べて…、分かった。残ったヤツは俺が食うからアンタは横になって休んでろ」

痛むんだろ?と言いながらロイが身体を横に寝かすのを手伝う
 
「お腹が空いているのなら何もそんな物を食べずとも他の物を食べればいいだろう」

その言葉にエドワードはキョトン、とした

「何で?別に不味くなかったしどうせ残すならいいじゃん。それに食いもん残すとバチが当たるんだぜ?」
 
確かに目の前の子供は基本的に出された料理は残さないな、とロイは思う

しかし、親の教育のせいだろうか、仮にも科学者である錬金術師が“バチが当たる”とは、とロイは内心苦笑する
 
「君は人が食べていた物を食べるのに抵抗は無いのかい?」

ロイは正直、人が食べている物を食べるのも、自分が食べているのを渡すのもあまり好きでは無かった

しかしエドワードは、そんな事を言うロイの方が分からないといった風に首を傾げながら、全然?と言った
 
そういえばこの子は小さい頃に弟や幼なじみといつも一緒に居たんだったな、抵抗が無くても不思議は無いか――‥

まどろむ意識の中でロイはぼんやりとそんな事を思いながら思考を意識の底に沈めた
 
 


夜中に目が覚めたロイはトイレに行こうと思い、エドワードが寝ているであろう場所に向かって2、3度声を掛けたのだが返事が無い

疲れているのだろうと思い自分で行こうとベッドから起き上がった
 
本来なら、まだ傷も酷く目も見えないロイは、移動も車椅子を使わなければならなかったが、一人ではどうすることも出来ない

幸いロイの部屋からトイレまではそんなに離れておらず、手摺りを持って行けば目が見えないロイでも歩ける距離だった
 
なるべく身体に負担を掛けない様に手摺りに体重を預けてゆっくりと歩くロイだったが、やはりずっと寝ていたからだろうか後少しで部屋に着くというところで急に膝の力が抜けて倒れそうになった


ガクン――‥


「うっ!!」
 
咄嗟に身体を支えようと力を入れた途端に腹部に激痛が走った

意識が飛びそうになるのを必死で堪え、手摺りを掴みながら半ば這うようにして部屋へと辿り着いた





エドワードは簡易ベッドにもなるソファーで眠っていたが、ドアが開いて何かがドサッと倒れる音に目が覚めた

「ん…何だ?」

眠たい目を擦ってドアの方を見ると倒れているロイが目に入った

「大佐!?しっかりしろ!大佐!!」

「ん…ああ、鋼の…」
 
「“ああ…鋼の”じゃねぇだろ!アンタ何やってんだよ!」

エドワードは怒りながらもロイを支えてベッドへと運ぶ

「トイレに行きたくてな…」
 
「何で起こさねぇんだよ?」

エドワードが少し怒った口調で問う

「一応声は掛けたんだが…よく眠ってるようだったから、あのぐらいの距離なら一人で大丈夫かと思ってねゞ」
 
「悪かったな。けど次からはちゃんと起こせよ?」

ぶっきらぼうながらも心配したように言うエドワードにロイは、ああと返事をして微笑んだ
 




朝、検査の為にロイが乗る車椅子を押して外来までやってきたエドワードは、周囲の視線に少々困惑していた

ロイに注目が集まるのはいつものことなのだが、今回はほとんどの人の視線がエドワードに集まっていた

それも皆一様に微笑ましく見つめているのだ
 
すると待合室に座っていたお婆さんが声を掛けてきた

「坊や、お父さんの付き添いかい?偉いねえ」

そのセリフに思わずロイは吹き出した
 
エドワードはというと…固まっていた

一瞬遅れてハッと我に返ったエドワードだったが、さすがにお婆さん相手に怒鳴る訳にもいかず、ムスっとして答えた

「俺は“坊や”じゃねぇ、それにコイツは父親なんかじゃねぇよ」
 
「あら、そうなの?ごめんなさいね、」と謝るお婆さんを横目に、エドワードは今だに笑い続けているロイに怒鳴った

「いつまで笑ってんだよ!」

「ああ、すまんすまん、つい可笑しくてな」
 
「ったく、どこから見りゃ親子に見えるんだか」

まだ笑いを堪えているロイを睨みながらエドワードが文句を言うと、ロイが確かにそうだな、と呟く
 
「まぁ、強いて言えば人の目を引くところは似ているがな」

「はあ!?アンタはそりゃどこ行っても人の目を引くんだろうけど俺は別に…」

そこまで言ってエドワードは何かにハッと気付き、途端に不機嫌な声になる

「どうせ俺は事件ばっか起こして人目に付きますよーだ!!」

それを聞いたロイは苦笑する

「そんなつもりで言ったんじゃ無いんだがね」
 



 
この子は気付いていないのだろうか?

自分がいかに人目を引く存在なのかということを

流れるような金色の髪は三つ編みにされているものの、太陽の光を反射するとキラキラと輝いてとても綺麗だ
 
顔も整っていて、女装をさせれば女でも楽に通るぐらいだ

意志の強そうな琥珀色の瞳の奥には焔が宿っており、見るものを引き込む力強さを感じさせる
 
あと数年して身長が伸びれば、世の女性達がほっておかないだろう

本人は自覚していないようだがエドワードの存在が人目を引くことは確かだった
 




「なんなら“お父さん”と呼んでもいいんだぞ?エドワード」

からかうように、それでいて低く優しい声で言ってやれば、照れて真っ赤になったエドワードが抗議の声を上げる

「んなっ!誰が呼ぶかよ!調子に乗るなっ///」
 




午後になり、することも無くなったエドワードはお湯が入った洗面器とタオルをロイのベッドまで持ってきた

「大佐、身体拭いてやるよ。あとシャンプーも」

「いや、それぐらいは一人で出来る」

ロイが断ろうとすると、いいから早く脱げ、とエドワードが半ば強引にパジャマを脱がす
 
「アンタ結構怪我してんだな」

背中を拭きながらエドワードが呟く

ロイの胸や背中、腕には無数の細かい傷痕があった

「私だって楽して今の地位まで上り詰めた訳じゃ無いからな」

ロイはいつでも部下や仲間を守る為に自らが最前線に立って戦う、それは大佐の地位に就いた今でも変わっていなかった



 
 
「よし、俺はシャンプーの用意してくるからあとは自分で拭いてろ」

エドワードはタオルをロイに渡すと、ロイの髪を洗う準備を始めた
 
ロイを椅子に座らせ、背もたれを倒してシャワーで髪を濡らす

モコモコに泡立てたシャンプーを使ってロイの髪で遊んでいるエドワードは、何故かとても上機嫌だ

「痛い!コラ鋼の、シャンプーが目に入ったじゃないか」

ロイの言葉にもああ、ごめんごめん、と返すだけでやめようとはしない
 
「〜♪」

こんな上機嫌で無邪気なエドワードは普段が普段だけにとても珍しかったので、まぁ気の済むまで好きにさせてやるか、とロイは諦めてじっとすることにした
 
エドワードは一通り遊んで満足したのか、やっとシャンプーを流して髪をドライヤーで乾かしている

「大佐の髪って意外とサラサラなんだな、なんか猫みてぇ」

「私が猫かい?私には君の方がよっぽど猫に見えるのだがね」
 
「は?何で俺が猫なんだよ」

ロイの言葉にエドワードは首を傾げた

「構おうと近寄れば爪を立てて威嚇するのに、自分の気が向いた時には自ら擦り寄ってくる。他者との馴れ合いを拒む癖に、心の奥では拾ってくれる救いの手を待っている。好奇心だけは人一倍強くて、強者にも立ち向かっていく度胸と強さを持っている



君は綺麗で気高い金色の猫だ――‥」
 
 

一瞬ドキッとした

悔しいけれど大佐の言ったことは合ってる

俺は心の何処かで救いを求めているのかもしれない…





「君は少しは私に懐いてくれているのかね…」

呟いたロイの顔は少し寂しそうだった
 
「君は中尉や皆のところには自分から擦り寄って、手からエサをもらう…けれど私には爪を立てて威嚇してばかりだ…」

「だから俺は猫じゃねぇって言ってんだろ」

反論しながらもエドワードは少しだけ照れ臭そうにぼそっと呟いた
 
「でも…アンタのこと“雨宿りする場所”くらいには思ってるから」

ロイは驚いたように目を見開きそして柔らかく微笑んだ

「ああ、十分だ」





夜になり俺も大佐も眠りについた

同じ病室で寝るようになって気付いたけどコイツの寝言はいつも女の名前だ

―メアリー、アイリス、ヴァネッサ、クリス、キャロル、カレン―

一体何人いるんだよ…
 
でもこの日だけは違った

俺はじとっとした蒸し暑さに目が覚めた

そしたら大佐がまた寝言を言っていた。今度はローズか?それともステファニーか?
 
耳を済まして聞いてみると俺の予想に反して、大佐の口から出たのは悲痛な叫び声だった

「くっ…やめろ!そんな目で俺を見るな!…ハァハァ…ッ…すまない…すまない…許してくれ…ハッ…ハッ」

それを聞いた途端、俺は思わず大佐を抱きしめていた
 
「大佐!!大丈夫だから!アンタのせいじゃない、大丈夫だから」

俺はただ大丈夫、と繰り返して苦しそうに息をする大佐の背中を摩ることしか出来なかった
 

俺は何も知らなかった――‥


イシュヴァールで起きた内乱や大佐がそのときの功績で“英雄”と呼ばれていること、俺も軍の狗になったからには嫌でも戦争が起きたら人を殺さなきゃならないってこと…

知ってたつもりだった…

    . . .
本当につもりだけだったんだ――‥


なぁ、アンタは一体今までどれだけの眠れない夜を過ごしてきたんだ?
 
 



「ッ…ハァハァ…ッ…鋼、の…?」

ロイの声に慌てて身体を離そうとしたが、逆にきつく抱きしめられた

「すまない…もう少しだけ…このままでいさせてくれ…」

ロイの声は震えていた

しばらくして、エドワードはロイが寝たのを確認するとロイをベッドに横たえ、自分は側のイスに座った

そしてロイの手を包み込むようにぎゅっと握った

せめて今だけは安らかに眠れるように――‥

そう願いながら、エドワードは自分も布団にもたれ掛かるようにして眠った





「ん…ふぁ…よく寝た…ん?」

「おはよう、鋼の」

目を覚ますとロイが優しく微笑んでいた
 
エドワードは寝起きの頭で昨日のことを思い出してみる

ようやく思い出して自分の手を見ると、まだしっかりとロイの手を握ったままだった

恥ずかしさにパッと手を離すとロイが少し照れ臭そうに笑った
 
「昨日はすまなかったねゞみっともないところを見せてしまって…」

「別に、俺の前では恰好つける必要なんてねぇから…たまには頼れ」

ぶっきらぼうだが、その中にある優しさにロイは目を細めた

「ああ、ありがとう」
 




「んじゃ、俺ちょっと買い物行ってくるから」

「分かった。気を付けて行くんだぞ」

エドワードが買い物に出てから30分ぐらい過ぎて、病室の扉が開いた
 
「おかえり、鋼の。と、中尉と…ハボックか」

開いた扉に顔を向けてロイが呟く

「あれ?大佐、見えるようになったんッスか?」
 
「いや、足音とタバコの匂いで分かったんだ」

そう答えるロイに、へぇ、とハボックが納得している

その横でエドワードが僅かに顔を歪めたのには誰も気付かなかった
 
 



「でも俺と大将はともかく、何で中尉がいるって分かったんッスか?」

「ああ、足音は3つあって一つは鋼の、もう一つは歩幅や速度からして男だ。残り一つは歩幅が小さく、歩く時にカツンと音がした―つまり軍部の女性のものだ―。扉を開けた時に匂った煙草の匂いで、男はハボックだと分かる。ハボックと二人で私の元に来る軍部の女性は、中尉ぐらいなものだからね」

ロイの説明にハボックは感心した

その後は、ハボックが最近の軍の関係する事件や、街での出来事などを一通り話して帰っていった

部屋を出る間際にリザが一言、「退院したら大量の仕事と上層部の激励が待っていますので」と告げ、ロイはその言葉にがっくりと肩を落としたのだった
 
 



夕食を終え、静かな部屋にロイのため息が零れる

「はぁ、退院したら山積みの書類の束と、セントラルのお偉いさんの嫌味を聞かされるのか、気が重い…ずっとこのままだったらいいのに」

「ふざけるな!!」

ロイの最後の一言にエドワードは激怒した
 
ロイとて本気で言った訳では無いのだが、エドワードのあまりの怒りように驚いた

「ああ、すまない、君に迷惑を掛けているのは分かっている。私のせいで旅が出来ないこともね、だから悪いと思っているよ…君の妨げをするのは私の本意では無いからなゞ」

申し訳なさそうな顔をして謝るロイにエドワードは段々苛立つ
 
「んな事、言ってんじゃねぇ!…なんで…何でアンタは笑っていられるんだよ…っ…不安じゃねぇのかよ!怖くねぇのかよ!」

そこまで言ってエドワードは涙を溢れさせた

「俺は怖い…アンタの目がこのままずっと見えなかったらどうしようって…すごく怖い」
 


ロイは気が付かなかった…



ロイが物を取る際に一度空を掴む時や、エドワードを呼ぶロイの目が焦点を結んでいない時、エドワードが悲しそうな顔をしている事に――‥


「俺のせいで怪我して…目まで見えなくなったのに、アンタは俺を責めるどころか隣で笑ってる…どうしてだよ」
 
ロイは泣いているエドワードを自分の方に引き寄せて、抱きしめながら優しく言う

「私が怪我をしたのも、目が見えなくなったのも、君のせいじゃ無い。私は君を守りたかっただけなんだ。それに鋼の、君がいてくれるから笑えるんだ」
 
その瞬間ロイは目の前に大きな金色の光を見た

あまりの眩しさに思わず目を閉じ、もう一度そっと目を開いた

すると、そこにはさっき見た光と同じ色をしたエドワードの金色に輝く髪があった
 
「鋼の」

穏やかなロイの呼び掛けに顔を上げたエドワードは、その漆黒の瞳に自分の姿が映るのを見た――‥





fin.
〈/font〉

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