蛇足
必殺、現実逃避
「テメェが三木楓か?」
「……はい」
先程、男達に尋ねられた質問を、楓は今度はまた別の男に尋ねられていた。
しかし、今度は楓も現実逃避の思考停止になど陥る事なく、すぐに返事をする事ができた。
現実逃避なら男達に連行されながら腐る程したし、また壁に穴を開けられたらかなわない。
と、言うより今度は自分の体に穴が開けられそうで、心底恐ろしい。
いや、冗談ではなく、本気で。
それくらい今楓の目の前に一人偉そうに座り込む男は、見るからに御機嫌斜めだった。
「(……………ご機嫌斜め、か)」
ご機嫌斜めと頭に浮かんできて思ったが、ご機嫌斜めという言葉を用いるとあまり機嫌が悪いように感じない。
いや、むしろ可愛い感じが漂っている気がするではないか。
そう考えるとやはりこの目の前の先輩も何となく可愛い感じが………
「(……するわけねぇぇぇ!)」
楓は知らず知らずのうちに自分の思考回路が現実逃避するのを寸前で食い止めると、ダラダラと背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「(……帰りたい)」
楓は、この訳の分からない状況に半分泣きそうになりながら、チラリと目の前に座り込んむ男に目をやった。
やはり男はご機嫌斜め……いや、不機嫌な様子で楓をしっかりと睨み付けている。
「三木楓……テメェ、今何で自分が呼び出されてんのか……わかってんだろうなぁ?」
鋭い眼孔と共に発せられた問いに楓は、ヒクと喉に空気が抜けるのを感じた。
……すみません、全然わかりません。
「………え、いや……あの…俺、先輩方に何かしました?」
「あ゛ぁ?!」
「っ!いや、なんかすみませんでした!」
楓の言葉に、男は一気に不機嫌の色を濃くするとそのまま立ち上がり楓の前まで詰め寄った。ってきた。
遥か頭上から見下ろされる構図に、楓は一気に体から血の気が引くのを感じる。
「……しらばっくれてんじゃねぇぞ。テメェが堀田を使って何か企んでんのはわかってんだよ」
「……へ?」
楓は、男の口から突然出てきた“堀田”という言葉に思考が一旦停止するのを感じた。
「…堀田って……彦星の事、ですか?」
「んなもん当たり前だろーが!舐めてんのか!?あ?」
「いや、舐めてません!舐めてませんからっ……!!……あの、彦星が何かしたんですか?」
楓は言いながら昨日先輩に呼び出された彦星の事を思い出した。
昨日先輩に呼び出された彦星。
先輩の口から出る“堀田”という言葉。
そしてこんな場所に呼び出された非力で哀れな自分。
「(はは……!これ絶対原因彦星じゃん…)」
楓は、あの脳天気で自分にベッタリの男を思い出すと目眩がするのを止める事ができなかった。
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