蛇足
帰還
「あぁぁもう!!マジ腹減ったぁぁぁ!!!」
「彦星!!」
「おう、帰ったか。彦坊」
彦星の無事の帰還に、教室全員の視線が一気に彦星へと向けられた。
ただ一人だけ、
そう、よしおだけは彦星に一瞬だけ目を向けるとつまらないとでも言うように視線を逸らした。
「あー!!楓!!お弁当勝手に片付けんなよ!!オレもうマジお腹ぺこぺこなんだって!!」
彦星は、周りからの視線をものともせず楓の姿を見つけると、一気に楓の元へと走った。
そんな風にいつも通りに自分に向かってくる彦星に、今まで落ち着かなかった楓の心が一気に落ち着きを取り戻した。
「彦星、大丈夫?先輩達に何もされなかった?」
「ん?別に何もされてないよー。楓どうしたの?」
「楓はなぁ、彦坊が連れてかれてから、ずっとお前を心配してたんだぞ」
メールが終了したのか、会話に顔を上げて入り込んできた蛭池がそう言うと、彦星は一気に表情を明るくした。
そして次の瞬間には、彦星はいつものように楓に抱きついていた。
これもまた、蔦谷学園1年3組の日常風景である。
「楓ぇぇぇ!!俺の事心配してくれてたの!??」
「う、うん。ちょっと待ってよ彦星……!!痛い!彦星マジで痛いから離して!丁度骨の所に当たって痛いから!!」
楓は彦星の腕の中で足掻くが、悲しいかなその抵抗は彦星の腕の中では一切意味をないなかった。
しかも彦星は一切楓を離す気はないようで、笑顔のままさらに楓に抱きつく腕へと力を込めた。
「おい!ヒコ!お前本当に3年に呼び出されて何も言われなかったのかよ?」
「何か三年に言われてねぇのかよ!?なぁ!?お前を呼びだした奴!あれ此処の頭だろ?」
「マジかよ!?なぁ!?ヒコ!どんな奴だった!?」
楓に抱きついたままの彦星にクラス中が一気に詰め寄って来ると彦星は「んんー?」と眉を寄せた。
「どうなんだよ!?なぁヒコ!?」
「……えっとなー…………なんか……言われたけど……何か言われたっけ?」
首を傾げて本気で悩み始めた彦星に、周りはハァと深いため息を吐いた。
さすが彦星。
蔦谷学園きっての馬鹿の名前を欲しいままにするだけあって、記憶の継続時間もトップクラスに短い。
「まぁ、彦坊がこんなにすぐに忘れちまうってこたぁ、んなに大した内容でもねぇんだろ」
隣で静かに状況を見守っていた蛭池がサングラスをなおしながら言うと、周りに居た生徒達もそれもそうか、とゾロゾロと彦星の周りから去って行った。
さすが蛭池信者の生徒達。
蛭池の言動には何があっても間違いがないと思っている点では、他のどのクラスよりもこのクラスの団結力は固い。
加えて、どのクラスの生徒よりも単純である。
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