蛇足
暴走お兄さん
楓がやっと愚図らなくなった彦星の頭をしばらく撫でていると、隣から「おい」と短く声をかけられた。
その瞬間楓がハッとして声のする方を見ると、そこには案の定不機嫌そうなよしおの姿。
何度目だよ、このパターン
楓は内心、またやらかしたと自分に溜め息をついた。
どうも自分は彦星が絡むとそちらを優先してしまうだけでなく、周りが見えなくなってしまう癖があるようだ。
そう、彦星を見ていると何やら構ってやらねば、という衝動に駆られる。
これはもう世話好きの性ともいえる衝動なのかもしれないが、いい加減直したい。
「ご、ごめん!よしお君!あのー何か話があったんだよね?!な、何かな?」
ムスッとした表情のまま楓を見ようともしないよしおに、楓は焦ったように声をかける。
「……用がなきゃ来ちゃいけねぇのかよ」
よしおの放ったその言葉に楓はうぐ、と言葉を詰まらせた。
確かにこれではまるで用がある時以外は話かけるなと言っているようではないか。
せっかく自主的によしおが話かけてきたのに。
本当に自分は何をやっているんだ。
楓がよしおに向き直ったまま自己嫌悪に陥っていると、突然楓の頭にポフと何かが置かれた。
その若干冷えたソレ。
それはよしおの手だった。
あ、楓が目を見開くと頭に乗せられた手はサラリと楓の頭を撫でる。
「悪い…言い過ぎた。用ならある」
よしおのその一連の動作に妙な安堵を感じた楓は内心ドキリとすると、目をしばたかせてよしおを見つめた。
彦星もよく楓に抱きついては楓の頭を撫でたりしてくるが、このよしおの動作は彦星とは決定的に“何か”が違った。
よしおは彦星と醸し出す雰囲気が全く違う。
なんだろうか。
そこまで考えて楓はハッとした。
そう、昨日店に突然現れた、あのよしおの弟の事を。
「……よしお君は、お兄さんだね」
「は?」
楓の口から出た思いもよらない言葉によしおは呆気にとられたように楓を見つめた。
「なんか、よしお君といると甘えたくなると思ったら、そうだね。よしお君、お兄さんだったもんね。道理で安心すると思ったよ」
そう言って笑う楓によしおは自分の胸が蒸発するのではないかと言うほど熱くなるのを感じた。
なんだ、これは。
安心する
甘えたくなる
楓は確かにそう言った。
自分に対して、しかも極上の笑顔付きで。
あぁ、もう。嬉しくて仕方がない。
好きな人にこんな事を言われて嬉しくないわけがない。
舞い上がらないわけがない。
よしおは、今すぐここで騒ぎだしたい衝動をグッと堪え、撫でていた楓の頭から手を離した。
その瞬間。
よしおは無言のまま教室から駈け出した。
それはもう全力で。
余りに突然の出来事に楓が何もできないまま走り去るよしおの背中を見送ると、え……と目を瞬かせた。
「結局用ってなんだったんだ……」
そう小さく呟いた楓の問いに答えてくれる者は、その場には誰も居なかった。
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