蛇足
第1次回想への扉
バスに揺られ、流れる景色を見ていた。
ただひたすらに。
町を見渡せる絶景の坂道、いつもと変わらない朝。
眼下に迫る町並みより遠い、朝日を浴びて光る海。キラキラと輝くその中をカモメが飛び回るその姿は、ここから見れば海の光りと戯れているようにも見える。
美しい光景。
だがそれさえも楓にはただの朝の風景のひとつ。目線はすぐに別の場所に移ってしまう。
楓の目はどこにも捕えられることはなく、ガラス玉のような茶色い瞳はせわしなく動いていた。
虚ろに、しかしどこか怖い程の力強さを称えて。
口はだらしなく半開きで、まだ寝ぼけているのかと思わせる。しかし膝に乗せた通学バッグに置いた指は固く握られ決して動かない。
不自然といえばそうである。
まるで何かに怯えていて、しかし周りにはそれを悟られないように隠している。そう説明付ければ多少は納得出来るかもしれない。
次第に、楓の目的地である学校が見えてきた。
楓は外を見る事を止め、今度は前方より少し右に見える学校の正門を睨み据える。
見る者が思わずゾッとしそうな程の視線は、瞬きすらも忘れてしまう程に悍ましく、決して正門から外れる事はない。
怯えから威嚇へと、その瞳は色を変えていた。
やがてバスが止まる。楓は立ち上がり降り口へ向かった。
しっかりとしているようで時折覚束ないような足取りは、威嚇の中に微かな怯えを思い出させる。
定期を運転手に見せ、ゆっくりと地に降り立つ。
数歩歩き、朝の清々しい空気が、すぅ、と肺に入ったそのときだった。
「おはよー楓ー」
背後からポンと肩を叩かれ、次いで声がした。
その瞬間。
「ぅう…っ、おっオォオェェエッ!!」
楓は、大多数の生徒が通る道のド真ん中で、盛大に吐いていた。
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