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関係転換学各論
その7:会釈する関係




「おい!坂本!ちょっといいか!」


突然、担任の俺を呼ぶ声が教室に響き渡った。
周りのクラスメイトはそれぞれ帰る支度をしている。
あぁ、なんか人間関係について考えてるうちに帰りのHRが終わっていたようだ。

なんか、すげぇ。
人間関係について考えていて時間が過ぎるのを忘れていたなんて。
俺、哲学者とか向いてんじゃねぇかな。

とか、ちょっと途方もない事を考えていると、もう一度、俺は担任から大声で呼ばれた。
あぁ、担任、体育教師だからなのか無駄に声がでかい。

うるさい。


「坂本!聞こえてんのか!?」

「はい、はーい。聞こえてます」


俺は慌てて担任の元へ走ると、背中にアイツの視線を感じた。
いや、さすがに今振り返って会釈とかはしませんよ。

そんな事したら、俺、ただのおかしい人だから。


「なんですか、先生」

「おー、お前に頼みたい事があってなぁ!」


うおお、うるさい。
何故、こんな至近距離でコイツはこんなに声を張り上げるんだ。
俺が担任相手に、少しばかり顔をしかめていると、担任はそんな俺の様子になど全く気にした風もなく手に持っていたプリントを俺に手渡してきた。

しかも、それと同時に、コイツは帰りの和やかな教室に爆弾を投下してきた。



「坂本!お前、確か上白垣と付き合ってたよな!?頼むけど、このプリントを上白垣に届けてもらえないか?進路希望調査なんだが、締め切りが近くてな!お前も、彼氏として具合とか気になるだろう!?お見舞いがてら届けてくれないか!?」

「…………」


………一気に静かになる教室。
背中に感じる大量の視線。

はい、これはアイツの視線だけじゃく、その他諸々クラス全員の視線です。
その数38。

俺の体内温度計によると、先程の担任の大声のせいで、クラス内の温度は氷点下にまで下がりました。

……確かに、確かに俺と栞は高1の時から付き合ってますけどね。
あの、先生、俺らもう別れたんすよ。

などと言える筈もなく。
俺は生徒よりも情報網に若干の遅れがある、この目の前の担任を見上げると引き攣った顔で、進路調査書を受け取った。
その間も、担任は、クラスの氷点下にまで下がった気温にも、俺の引き攣った表情にも気付くことなく俺の肩をバンバン叩いている。

空気の読めない担任に俺が頭を抱えていると、突然教室の真ん中からガタリと大きな音が響いた。

その音に、必然的に俺は後ろを振り返る。


「(………あ)」


俺が内心小さく声を上げると、音の発信源と俺はまたもやバチリと目があった。
思わず小さく会釈するアイツ。
俺もつられて会釈する。

そう、音の発信源はアイツ、池田 一だったのだ。

クラス中の視線が俺とアイツに集まる。

そのせいで、あいつは一瞬慌てたような顔をすると、慌ててまた席についた。


「なんだー、池田。先生に用でもあるのかー?」

「あっ、いえ!あの、別に……」


どうやら、先程の会釈を自分に向けてなされたものだと勘違いしている担任に、アイツは慌てて首を振ると、チラリと俺を見てきた。
なんだか、その目が何かショックを受けたような、罪悪感に塗れたような、どうにも形容し難い顔をしていたから、俺はどうすべきなのかわからなかった。


一体、どうしたんだ。
今の一瞬で、一体何があったんだ。


俺がグルグルとそんな事を考えていると、担任はまた俺の肩をバンバン叩いて「頼んだぞ!」と教室を後にした。
それと同時に、ぎこちない空気の中、クラスの雰囲気は徐々にいつも通りになっていく。

アイツの周りには「一緒に帰ろう!」と寄って集る女子共。
そして、席に戻った俺には口ぐちにフォローを寄せてくる男子。

俺とアイツの会釈は、あの時の微妙な空気のお陰で誰も気付いていないようだった。
まぁ、ほんとに小さい会釈だからな。
気にしないとわからないかもしれない。

ただ、俺は気になって仕方がなかった。
アイツの、あの瞬間見せた、どうにもこうにも理解できないあの目が。

何か気に障る事でも、俺はしたのだろうか。


考えても考えてもわからない。
どうして、あの時アイツはあんな顔をした。


でも。
アイツはきっと良い奴だから……

多分、俺が、悪いのかも、しれない。


そう、話した事もない相手に少しばかりの罪悪感を覚える俺の手には、少しだけ皺の寄った進路希望調査書。


はぁ。
とりあえず……なんか、


ごめん。



俺は手の中にある進路希望調査書を見下ろしながら、どこか遠くに感じるアイツからの視線に謝罪した。

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あきゅろす。
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