満月をかみ砕く 「居たぞ、こっちだ!」 一人の男の声が上がる。野太い声が、真夜中の京に響いた。数人の男達の先を走るのは一人の少女。 追われている。 少女は、体の至るところから血を滲ませ、苦しそうに駆けてゆく。 追っている男達は、刀を振り上げながら少女を追った。 「しつけぇ…っ!!」 少女は途切れ途切れに、悪態付いた。 体のあちこちがズキズキ痛む。休んで応急処置でもしたいところだったが、足を止めて捕まれば一巻の終わりだ。 「待てっ!!」 「誰が待つか…っ!!」 少女は、懸命に走る。 「逃げんじゃねぇ!!」 「っ!?」 目の前に現れた別の男。 (囲まれた…!!) 男が振り上げた刀が少女に降り懸かる。 「この…っ」 仕方ない…。 少女は臨戦体制を取り、彼らを迎え撃とうとした。全く戦えないわけじゃない。 しかし… 「ひゃははははっ!!!!」 「な、何だ貴様ら…っあ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」 びちゃり、 「………」 刀が少女を斬り付けることはなく。目の前に迫っていた男は、何者かに斬り伏せられてしまった。 突然の断末魔と、突如広がった真っ赤な世界に、少女は硬直した。 男の返り血だろうか…。自分の身体が、生暖かく濡れるのが分かる。 見渡して見れば、追ってきた男達は誰一人いない。 喰われている。 「ま、さか…」 浪士達を斬り伏せた奴ら。髪を白く染め、真っ赤に光る目…人とは言えないこいつらは、大量の血を浴び狂喜乱舞している。 少女は、『奴ら』を知っている。 忌ま忌ましい、『奴ら』を。 「血だ、血だ!!」 「もっと血をくれぇっ」 浪士達は皆、『奴ら』に殺されている。助かったのか、いやそうじゃない。もっと状況が悪くなってる。 (身体が、動かない…) 少女は、『奴ら』が怖い…。 「あーあ、面倒なことになってるよ…」 「ゔっ」 肉を斬り裂く音と、命が無くなる音がした。 少女はまた返り血を浴びる。 目の前に迫っていた『奴ら』はその場に倒れた。替わりに姿を見せた男は、随分と綺麗な顔をしていた。 「ごめんね。血だらけみたいだけど、怪我してない??」 全部返り血かな??だなんて…。 笑顔を張り付けて近付くこの男を、少女は恐ろしく思った。 「総司!!」 「あぁ、平助くん??」 また、男が増えた。 長い髪を一つに束ねた、こちらもまた綺麗な顔。 「あいつら見つかったか??」 「まぁ、ね。殺しちゃったよ」 でも…と、総司と呼ばれた男は少女に目を向ける。 「見ちゃったみたい、この子…」 「は!?」 平助と呼ばれた男も、驚いた様子で少女を見る。 「えっ!?髪、白…こいつも狂って…!!」 「ねぇよ!!あいつらと一緒にすんじゃねぇ…!!!!」 「…!?」 気付いたら怒鳴っていた。 少女は、自分が『奴ら』と同類に思われたことが、心底気に食わなかった。 確かに自分は『奴ら』と同じ髪を持っているが。 「っ…」 「あんまり騒がないでくれる??」 でも、直ぐさま総司の刀が首筋に当てられた。 「ねぇ君、この子達のこと知ってるの??どうして??」 「それは、こっちの台詞だ…お前らこそ『奴ら』の仲間か」 「………君は、何を知ってるの??」 両者は、ぴくりとも動かない。少しでも気を抜けば、殺される、逃げられる。 「なぁ、総司。とりあえずこの小僧屯所に連れて帰ろうぜ。土方さん達に…」 「何言ってるの、この子、見たんだよ??殺さなきゃ」 少女は、総司が一瞬平助に目を向けた瞬間を見逃さなかった。 「じゃーな…」 「あっ…」 「え!?総司!?」 少女は、闇夜に紛れて消えた。 [*前へ][次へ#] |