叫びたい 部室の屋上に洗濯物を干しにきた。量が半端ないから、時間がかかると思われる。 「よし」 気合いを入れていざ出陣。 「んがー」 しようとしたら足元から寝息が聞こえた。 「慈郎ちゃん…」 特に驚きはしなかった。部活中にこんなとこで寝ようなんて考えるのはこいつしかいない。 芥川慈郎は私のクラスメートだ。だから部活の中じゃ1番仲が良い。幼なじみの亮はまた別として。 「慈郎ちゃん起きて。もう部活始まってる」 揺すっても起きる気配は微塵もない。結構強めにやっているのだがどうしよう。 以前、亮が力付くで起こしているのを見たことがあるが、さすがにそこまでしたくない。女子だし。 「慈郎ちゃーん」 「んぁ??」 「あ、起きた」 再度名前呼べば案外すんなり起きてくれた。 「あれーなまえじゃん。どしたの??」 「お洗濯」 寝ぼけ目の慈郎ちゃんは可愛いかった。部活だから早く起きた方が良いと言えば、渋々起き上がってくれた。 「まだ眠いC〜」 「駄目。今からここで洗濯物干すんだから、邪魔だよ」 「え〜」 仲良しなだけに1番話しやすいし、何より落ち着く。慈郎ちゃんとこうして話す時間が増えたのも、テニス部に入って良かったことだと思う。 「ほら、早く。また誰かが呼びに…」 「芥川先輩」 来ちゃうよって、本当に来ちゃった。しかも…。 「寝てないなら早く来てくださいよ」 日吉若だ。 「ついさっきまで寝てたC〜」 慈郎ちゃんはいつもと変わらないけど、私は完全に固まってしまった。だって予想外だったし。 あ、目が合った。 「すぐ行くから先行っててEーよ」 慈郎ちゃんが言えば日吉若はすぐにUターンしてその場から立ち去る。きっとすぐ練習に戻りたいんだと思う。相変わらず熱心だ。 離れていく背中を、思わず見詰めてしまう。もはやこれは癖。 「なまえってさ、本当に日吉のこと好きなんだねー」 「あぁ…うん、わかる??」 「わかるわかる」 日吉若が出ていった扉を眺めながら慈郎ちゃんに言われる。 忍足や岳人にも、すぐ気付かれたから今更驚かないが、自分はそんなに分かりやすいのだろうか。 「気付いてないの日吉くらいだよ」 「それだけで十分だよ…」 本人にまで気付かれてみろ、こっから飛び降りてやる。 「ま、なまえ可愛いから日吉もすぐオチるよっ」 ぐっ、と親指なんか立てて。 んじゃ俺行くから、と慈郎ちゃんはこの場から立ち去る。にこにこ笑って手を振ってくれた。頑張ってー、と。 一人、屋上に残されやっと洗濯物に取り掛かる。 頑張ってなんて言われたけど、私は別に日吉若を彼氏にしたいだなんて願望は持ってない。そりゃ少しだけど話せるようになって嬉しい。でもそれ以上なんか求めてない。 現状維持するつもりだ。 そんなことより。 「ついに目を合わせてしまった…」 切れ長の目が格好良いと思いながらも心臓が口から出そうだった。 毎度何の前触れもなく現れる日吉若に、私は毎回びっくりしてしまう。頼むからせめて心の準備をしたい。外から見れば固まってるだけだが、内心凄く焦っているのだ。叫んで逃げたいけど出来ない苦しみ。 なんかセンサーとかほしい。近付いてきたらピコンピコン、とか。 彼のことは確かに好きだけど、同時に悩みの種でもある。 「やっていけない…」 こればっかりは、絶対に慣れない。 そう思いながらも、さっきのことで煩くなっている心臓を落ち着かせるため、ひたすら洗濯物を干し続けた。 [*前へ][次へ#] |