LOVEYOU!
留戦、ベアバト
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もう魔女は嫌だ、と何度目かの悲鳴を上げて、戦人は閉じ篭っていた。
泣きたくなんて無いのに、視界はぐにゃぐにゃと歪み、頬には濡れた感触がいくつも伝う。それを隠すように、子供の様に膝を抱き、それでも隠し切れない嗚咽を漏らした。


「…っ、う……ちくしょお……」


魔女もその眷属たちも厭味な執事も、誰一人として寄って来ないし声も聞こえない。エンドレスナイン。それが彼らを戦人から遠ざけているのだが、当の本人は気付かずに涙を抑えようとするのに必死になっていた。

もう嫌だ、残虐な儀式も魔女も何もかもが嫌だ、帰りたい帰りたい。泣き言ばかりが胸の中を占める。情けないし、そんな事ではいけないと分っているのに、一度決壊したものは中々治まらない。止まらず溢れ続ける涙を如何にかしようと、戦人は目元を裾で何度も擦る。
…ふとその腕に、誰かの指が絡む。力強く腕を掴まれる感触に、戦人は肩を震わせた。


「…戦人ぁ、そんな擦ってると赤くなるぞ?」


ごつごつとした無骨な手の甲を視界に入れ、続いて耳に届いた聞きなれた低い声に、戦人は体を硬直させて目を見開いた。驚きの余り、声も出ない。あれ程流れていた涙さえ止まった。


「…おや、じ?」


恐る恐る視線を上げると、予想通り見慣れた顔があって、言い表せない衝撃が全身を襲った。







「どういうことだ、誰の仕業なんだよ!ラムダデルタ卿か、ベルンカステル卿か?それともテメエかよ、ロノウェええ?!」
「ぷっくっく…滅相も御座いません、お嬢様。私めにそんな真似が出来ると?」


戦人の父親が、上位世界に居る。ベアトリーチェの仕業でなければ、客人の魔女だろうか。生憎その二人は此処には居らず、答えは分からない。ベアトリーチェは、この予期せぬ事態に声を荒げ、乱暴にテーブルを殴りつけた。紅茶の注がれたカップが揺れて、割れそうな音を立てる。


「良いではありませんか。お陰で戦人様の機嫌が治ってエンドレスナインも効果を弱めて、こうして近付けたのですから」
「…うう、それは、まあ良いとしようぞ。…だが、戦人が妾に見向きもしなくなったじゃねぇか!」


再びテーブルを壊さん勢いでベアトリーチェは拳を振り下ろす。荒れに荒れている主人の様子を見て、ロノウェは何時もの小馬鹿にした様な笑い声を響かせた。すぐさまベアトリーチェに睨まれるが、涼しい顔で受け流してしまう。それから、その視線はベアトリーチェの向かい、テーブルの反対側へと向かった。


「…それも仕方ありませんが、ね」



「ああもう、うざってえな、頭撫でてんじゃねえよクソ親父!ガキじゃねえぞ、俺は!」
「なあに言ってんだ、さっきまでぴーぴー泣いてた癖によぉ」
「っ、うるっせえ!泣いてねえよ!」


プライドからだろう、嫌がる素振りは見せるものの、頬を淡く赤らめた戦人に嫌悪の様子は無い。むしろ嬉しそうに見えた。…恐らく指摘されれば耳まで真っ赤にして否定するのだろうが。
それはベアトリーチェはおろか、ここにいる者達にも、恐らく親族達にも見せない反応だった。ぐつぐつと腹の底が煮え滾るのをベアトリーチェは感じていた。ああ、今すぐ留弗夫を杭で抉り殺してやりたい。しかしそんな事をすれば戦人は次こそ本当に、懐柔する余地も無くベアトリーチェを拒否するだろう。流石にそれは分っていた。敵視されるのはいいが、無視をされるのは困る。それでも、それでもそれでも、


「ばっ、…戦人あぁあああ!!」
「うわっ…何だよ」


うんざり、としか形容できない視線を向けられて、ベアトリーチェに深く突き刺さった。普段ならそんな視線痛くも何とも無い。だが、戦人の父親に対する反応を見た後では、その余りの落差が目立った。


「そ…そなたは、金髪のボインボインが好きなはずであろう?そんな男の何処が良い?胸は無いしそなたより大きいし、そもそも父親であるぞ?!」
「…なっ…だ、誰がいつ親父が良いなんて言ったんだよ!馬鹿か!」
「その反応がお父さんだぁいすきとおっしゃっておられるのと同じなんですよ、戦人様。ぷっくっく…」
「ふふ、ふざけんな!誰が親父なんか!」
「そうだ戦人、妾の方が良いに決まってるだろう!?」
「いや…お前みたいなのはちょっと…」



LOVEYOU!



「何だ戦人、俺の事そんなに嫌いなのかよ」
「え?べ、べつに嫌いとは言ってない…けど…さ……」
「戦人ぁあぁーー…」


(たまにはこんな日も良いでしょう?)







あきゅろす。
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