それだけ。
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よく、喋る人だ。

ええ、とか、そうですね、とか、そんな無愛想な返事しか返せない僕に、彼はひたすらに喋った。どうしてそんなに話せるのだろうか…半ば一方的な会話は今だ絶えない。
僕なんかと話して何が楽しいのだろうか。不思議で堪らない。同時に、口下手な自分を思い知らされて、少し憂鬱になった。

早く見限って、何処かへ行ってくれないだろうか。つまらないだろう。こんなのは空気に向かって話しているのと同じ。何の意味もない。
むしろ、仕事がありますからとか適当に理由を付けて自分から離れたほうがいい。早く、早く切り上げたい、この時間を。

なのに、何故だか僕の口からは会話を遮る言葉は出てこなかった。
代わりに出たのは、強張った声だった。


「…戦人様は、何故僕とお話になるのですか」


えっ、と目を丸くされて、僕は後悔した。言うんじゃなかったと、この場から更に逃げ出したくなった。


「…何でって、聞かれてもなぁ…」
「僕は、…こういうのは、苦手です。ですから、僕と話していても楽しくないでしょう?」


彼は更に、目を丸くした。それから眉を下げて、困ったような笑みを浮かべた。


「そういうのじゃなくてさ、ほら、俺と嘉音くんは今日会ったばかりだろ?だから、嘉音くんを知りたかったから、話をしようと思ったんだ」
「…なら、もう充分ではないですか?」
「……あ、もしかして、迷惑だったか?」
「いえ、迷惑などでは、…ありません。…僕なんかと話すのは、戦人様が退屈されるだろうと思ったからです」


僕の言葉を聞いて、彼はぽかんと口を開けた。…本当に、よく変わる表情だと、僕は心の片隅で思う。


「退屈じゃないぜ?」


弾んだ声と、笑顔に、まさかと返しそうになった。何も言わないでおくことにする。
それが本心がどうかはしらないが、…僕が何を言っても仕方ないような気がしたのだ。


「…まあ、確かに俺が一人で騒いでたみたいなもんだったけどさ。…嘉音くんがどういう人間なのか知れたから、退屈じゃない」
「僕が、…どういう人間なのか、ですか」
「おう」


あの一方的な状況で分かったことなんて、僕が無愛想なことくらいだろう。思わず眉を顰めた僕を余所に、彼は楽しそうににこにこと笑っていた。
一体、僕の何を知れたのか。その疑問に見透かしたように、彼は続けた。


「嘉音くんはいい奴だって、俺は思ったぜ。ちゃんと俺の話を聞いて相槌を返してくれるもんな」
「…それは」


そんなこと、誰だってできることだ。
たったそれだけで『いい奴』なんて言われて、申し訳ないような、そんな気分になった。…僕はそんな大層なものではない。

(いい人なのは、貴方の方だ)

僕はただの、家具だ。貴方に僕がそう見えたのだとしたら、それはきっと貴方の目が美しいからだ。
綺麗なのは僕ではなく貴方。

僕はそれを口にはしなかった。
(きっと楽しげに笑う彼の表情を曇らせたくなかったから、)



    







あきゅろす。
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