分からなくなる
天戦前提
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年をとればとるほど時間の流れを早く感じるのは、経験を積み重ねてきたからなのだと誰かが言っていた気がする。
実際、そうなのだろう。時間はあっという間に過ぎていってしまった。ついこの間まであんなに小さかったはずの我が子は、どんどん大きく育って、ついに自分と肩を並べるまでの図体になった。
とは言っても顔はまだ幼さが残っている。第一体は大人に近づいても、中身はまだまだ子供だ。喜んだり怒ったり感情の起伏の激しいのも、未だ子供だという証拠にも思える。…子供の頃の自分に似た、ころころ切り替わる表情。自分の血を確かに継いでいるから、だからきっとこの子供もそうなったのだ。確かな、血という繋がりがここにある。


「…親父…?」


黒い瞳が揺れる。この不穏な空気を感じ取れるほどには、どうやら子供ではないらしい。
掴んだままの自分より少し細い手首が、逃れようとしたのか少し引かれた。だがそれも弱々しいもので、そんなことでは振り解けない。分かっているのかいないのか、どちらとも取れる。


「おい、親父?どうしたんだよ?」


急に手首を掴み、それきり何の行動も起こさない自分を戦人がじっと見詰めてくる。不安げな瞳に、身体の芯がぞくりとした。
(何を考えてるんだ、俺は。)
霧絵と縁寿の不在を、少しだけ恨んだ。もしくは、戦人を。

ああ、でも。一番腹立たしいのは、あの男。

戦人の首元、服から僅かに覗く、本人は気付いていないだろう赤い跡。どう見たってそれはキスマークで、そして憎らしいあの男が付けたものに違いないのだ。苛々するどころではない。腸が煮えくり返る。
この子供は自分の物だ。どうしてあんな、何処の馬の骨とも知れない輩にやらなきゃならない?指一本触れさせることすら忌々しい、


「親父!」


焦った声音に、留弗夫は我に返った。目の前には、怯える我が子。…そうだ、実の、息子だ。
何を考えている、と、留弗夫はもう何度目か分からない戒めを口の中で呟いた。誰とどういう関係になろうと、それは戦人の自由だ。子はやがて親を離れていく。それが当たり前で、唯でさえ親らしいことをしてやれていない自分が口を挟むこと等、出来ない筈だ。
なのに、それが、どうしようもなく腹立たしい。


「…本当、ろくな親じゃねえよなあ」
「は?何の話だよ…?」


ああ、子育てを間違った。
こんな事になるくらいなら、こんな思いをするぐらいなら、いっそ。自分がいなくては生きていけないように、育ててやればよかった。それとも、今からそうしてやろうか。
どうするべきか分からない。戦人は相変わらず困惑と、不安とが混じり合った表情で自分を見ていた。ごちゃごちゃ、思考が駄目になっていく。
唯一つはっきりしているのは、あの男をが殺してやりたいくらいに憎いって事だろう。

空いた手を、戦人の頬に添えた。一瞬びくりと身体が揺れた。見開かれた目は驚きを見せながらも、確かに期待の眼差しでもあった。
そうだ、知っている。戦人は自分を憎む一方で、同時にこうやって触れられることを望んでいるのだ。自惚れではない、この表情が、何よりの証拠だ。
(知ってるか、お前はその隙間につけこんだだけ。だから、)

何を考えている。戦人は実の息子であって、そういう対象じゃないだろう。…そんな自制は、気付けば意味を成さなくなっていた。


「…親父」


小さく、戦人が自分を呼ぶのが聞こえた。
応えるように口を開く。

(これは、俺のものだろう?)


「何処にも、行くなよ」


口から出た言葉が腹の中より程遠いもので、何故だか笑いたくなった。



分からなくなる
取り留めのないことで頭が一杯にしながらも、心底欲する物は同じなのだけれど、分からない振りを続けていたくて、






あきゅろす。
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