main_10|08|15 それが恋の病なんて笑えない。(天戦)

飼い主×半人間な猫のパラレル
特殊です、注意。


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頬を撫でる濡れた感触に、俺は瞼を開けた。
ぼやけた視界が、数度瞬きを繰り返すことでクリアになる。視界一杯に映った、俺の顔を舐めていた赤毛の猫が楽しそうに笑った。


「やっと起きたのかよ、十三ぁ」
「…そういう起こし方、止めてくださいよ…」


ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやりながらそう言うと、猫は不思議そうな目で見返してきた。


「あんたが本当に、唯の猫なら何の問題もないんですがね」


髪と同じ毛色の耳と尾を生やした人の形をした猫は、俺は唯の猫だぜ、と可笑しそうに肩を竦めた。






彼を拾ったのは、丁度一ヶ月前の事だった。
俺の部屋の目の前に、さも当然かの様に捨て置かれた段ボール箱。その中に、赤毛の猫が入っていた。

最初は見て見ぬ振りをしようと、思ったのだ。だが、もし明日の朝、扉を開けると猫の死骸があったら。何と気分の悪い事だろうか。猫も動物も特別好きな訳ではないが、自分をじっと見つめているこの猫が明日冷たくなっていたらと思ったら、何故だか放って置けなくなった。
珍しい、綺麗な赤い猫。
一晩くらい、部屋に入れてもいいだろう。保健所は流石に可哀想だから、それから飼い主でも探してやればいい。まだ若いようだし、この綺麗な猫なら直ぐ貰い手が見付かるだろう。そう思って、連れて帰ってしまった。
そしてその日、猫が耳と尾を生やした人間になるというファンタジーを、俺は見てしまうのだった。



それから何だかんだで、彼はこの部屋に住み着いてしまった。俺も今や彼に愛着が湧いてしまったし、まあそれはいいだろう。そう金が掛かる訳でも無し。むしろ部屋の掃除やらしてくれて助かる位だ。
問題があるとすれば、俺の方だった。


「じゅうざー」
「っと、…あー……」


作ってくれた朝食を食べ終えた俺に、彼が甘えるように擦り寄ってくる。その動作は猫そのもの、なのだが、今の人間の姿をしている彼にそれをされるのは、少しばかり不健全だ。
(…いやいや、何が不健全だ。人間みてえな形してたって猫は猫だ)
そうそう、ペットに甘えられているだけだ。別に如何わしい関係ではないし、そんな思いを抱いてはいけない。相手は猫。猫だ、ペットだ。

俺が必死に誰かに言い訳をしている間に、気付くと彼は唯の猫の姿に戻っていた。その口は当然人の言葉を話す事は無く、代わりににゃあと鳴いて、俺の膝の上で丸くなった。
こうしていれば、本当に唯の猫。いっそずっとこの姿だったらと思う反面、人の姿が無ければ物足りない、と思う。甘えられた時とか。
(だから、それはおかしいだろ)
困るのは甘えられた時ではなく、家事をしてもらえなくなる事くらいだ。そればかりは猫の姿では到底不可能。…それだけだ、別に人の姿で甘えられた方が触り甲斐が、とかそんなのはまったく、ない、はず。

駄目だ。
考えれば考える程、自分にとって彼が最早唯のペットではないという結論に至ってしまう。弄りたい舐めたいキスしたい突っ込みたい、それらの欲求は果たしてペットに対して抱く物だろうか。だとすれば変態だ。いや、どちらにせよ変態か、俺は。


「…あー、もう…ほんっとに……」


どうしたらいいんだ、俺は。
思わず情けなく頭を抱えると、十三、と震える声で呼ばれた。顔を上げると、彼はまた人の姿になっていて、心配そうに自分を覗き込んでいた。


「…どうかしたのか?」
「…えーと、…いえ、何でもないですよ」


あーあ、駄目だ、口篭った。彼の顔は心配そうなままだった。もうちょっと上手く誤魔化せよ、俺。
彼はそれ以上は聞かないまま、また甘えるように俺に身体を擦り寄せてくる。その服越しの感触に俺は密かに欲情した。変態だ。
獣耳とか、男とか、まったく興味が無かった筈なのに、俺はいつからそんな変態嗜好になったんだろうか。
(違う、このひとだから良いんだ)


「…戦人さん」


ちょうど目線の先にあったつむじに、柔らかくキスを落とす。今まで撫でる程度しかしてこなかった俺の突然のスキンシップに、彼は頬を赤らめて目を見開いて、俺を見ていた。大きな目があちら此方を彷徨って、最終的には下を向いた。もごもごと、病気にでもなっても知らないぜ、と呟く声が聞こえた。まあ、猫だし、多少その可能性はあるかもしれないが。


「もう病気です」


それが恋の病なんて笑えない。




更に笑えない事に、俺がペットと関係を持つ様になるのに、もう1ヶ月も要らなかった。







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