main_10|03|26 プリムラ・オブコニカ(天戦)
プラナスペルシカの続編です
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「戦人先輩、この本何処か分かります?」
「あー…これは多分、あっちだな」


少し離れた本棚を指差す。天草はありがとうございます、と小さく頭を下げ、本を脇に抱えてその方へ歩いていった。
普段から図書室を使い慣れた自分にとっては図書の整理はそう難しいものではないのだが、天草はあまり勝手が分かってないらしい。図書委員といえば大概本好きが多いのだろうが、どうも天草はそう図書室を個人的に利用するようなタイプではない。こうして何度も一緒に当番をしていると、そんな風に見えるのだ。絶対と言い切れるほど深く相手を知っているわけではないが、多分天草は普段から本を読まない方だろう。


(じゃあなんで、図書委員なんかやってんだか…)


自分が図書委員に入ったのは、端的に言えば本が好きだからだ。この役職はまだ本棚に入っていない新刊を読めたり、新しく入荷する本をある程度決めたりなんかも出来る。それが目的だ。
だが天草はどうだろう。何故か自分に懐いてくるこの後輩は、どうして図書委員などになったのだろうか。自分みたいな人間以外には面倒な仕事でしかないと思うのだが、天草は毎回サボる事無くしっかり仕事をこなしている。彼がわざわざならずとも、大抵のクラスには読書家が2、3人はいるものなのだから、そういった人種に任せればいいものではないのか。


(…あーでも、あいつ好きな子いるっていってたしなぁ。図書委員にその子が入ってるから、とか?)


だとすればある程度納得は出来る。一体誰なのだろうと、自分と同学年だと言っていた天草の言葉を思い出しながら、女子の顔を思い浮かべていく。


「戦人先輩?」
「え?っあ、ああ、どうした?」
「いや、何かぼーっとしてらしたもんで」


手元の本の背表紙を眺めて思考を巡らせていたせいで、天草が傍に来ていたことに気が付かなかった。慌てて顔を上げて、思いの外至近距離にある顔に驚く。俺がいる場所は高い本棚の為に少し薄暗く、そのせいか天草がやたら色っぽく見え不覚にもどきりとした。


(…って、おいおい…何が色っぽいだよ…)


男が男にときめいてどうする。だが確かに天草は、年下ではあるが色気のある男だと思う。いや、おかしな意味じゃなくて、あくまで客観的な感想であって俺にそんな趣味は無い!

頭の中が混乱している。自分を落ち着けようとして、あー、と無意味な声を上げた。不思議そうな目で覗き込んでくる天草の視線から逃れるように慌てて口を開いた。


「そ、そういや、お前が図書委員になったのって、もしかして好きな子が入ってるからだったりするのか?」
「…え」


天草が目を見開く。口も僅かに開かれていた。驚いている。初めて見る表情だった。
何だろうこの反応は。まさか、図星だったのだろうか。


「あー…ばれちゃってました?」


照れたような困ったような笑みを浮かべ、天草は頬を掻いていた。
やはりそうだったのかと思いながら、再度図書委員で自分と同学年の女子たちを思い浮かべる。誰も彼も大人しそうな、というか実際大人しい子ばかりで、イメージする天草の好みそうなタイプとはかけ離れていた。人は見かけによらないものだ。
勝手に納得して「やっぱりか」なんて呟きながら頷いて、―――ようやく俺は自分の状態に気付く。


「……え?」


天草の顔が異常に近い。これじゃあ、まるで、……キスでもするみたいだ。


(…は?)


「んっ!?」


みたいじゃない、キスされていた。唇には柔らかい感触、眼前には整った顔がある。あまりの出来事に体が硬直した。頭が、真っ白になる。


(待て待て待て待て、何だこれ、何なんだ!)


好きな子がいるから図書委員になったって当てただけで、何で俺にキスするんだ。ていうかそれ以前に俺は男でお前も男じゃないのか。おかしい、絶対におかしい!やめろと突き放せばいいのに、俺の体はがちがちに固まっていて何も出来ない。
天草の唇はすぐに離れていった。時間にして、多分5秒も唇を重ねてはいなかっただろう。だが体感時間では、その倍くらいはキスされていた気がした。
呆然とする俺に天草が何事も無かったかのように微笑み、俺の手にあった本を一冊取った。


「…先輩。これ、どこの棚ですか?」
「え……ぁ、…あっち、の…」
「分かりました」


さっきの出来事が夢だったのではと思うほど、天草は自然に奥の本棚へと向かって歩いていく。俺一人残された。
天草の背中が、本棚に隠れて見えなくなる。俺はそろそろとゆっくり手を持ち上げ、指で自分の唇を撫でた。さっきの、出来事は。


「………っ…!」


かっと、体が火照る。キスされた。天草に。そのばかりが頭をぐるぐる駆け回る。脳が沸騰して、ぶっ倒れる気がした。


天草は俺と同じ学年の好きな相手がいる。片想いで。その相手がいるから図書委員に入って。それで、俺にキスした。それはつまり、


(あいつ、まさか…俺が好きなのかよ……)


壊れるのではないかと思うほど心臓が煩い。これから、どんな表情で天草の顔を見ればいいのだろう。
触れ合った唇の感触は、しばらくは忘れられそうになかった。



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(…キスしちまった)


唇をそっと指で撫でる。ここに、ついさっきあの人の唇が触れていたのだ。柄にも無く自分が赤面するのを感じた。


何で、キスなんてしてしまったのだろう。『好きな相手がいるから図書委員になった』と気付かれただけだった。適当に誤魔化すことだってできたのだ。そうすれば今までの、気楽なただの先輩と後輩でいられた。でも、もうそれはできない。あの流れで、自分は彼にキスをしたのだ。いくら鈍感でも流石に気付くだろう。…これから一体どんな顔で彼に会えばいい?


(いっそ、あのままちゃんと告白でもすりゃあ良かった)


彼の手から取った本を眺め、溜息を零す。中途半端に逃げるんじゃなかった。思いを告げて、どんな結果であれ返事を貰えば、こんな事態にはならなかっただろう。意気地無し、情けない奴だと心の中で自分を叱咤する。
この本棚の陰から顔を出せば、少し離れた所に彼が立っているのだろう。一体どんな面持ちでいるのか。同性の後輩にいきなりキスされて、どんな気持ちでいるのだろうか。気持ち悪いと思われたかもしれない。


(だとしたら、参るなぁ…)


ぎゅうと心臓が縮こまる気がした。気味の悪い変態だと、軽蔑の眼差しを向けられるようになるのだろうか。いや、実際自分は変態だろう。同性相手に、こんな気持ちを抱くなんてそもそもおかしいことなんだ。

…けど、好きになってしまったものは仕方ないだろう?好きなものは好きで、今更その気持ちを変えるなんてことは出来ない。彼に以前言われたように、その気持ちだけはきっと純粋だ。 

―――だから、今しかないのだ。頬をばちんと勢い良く叩き気合を入れる。臆病な自分は、今を逃せば絶対にもう気持ちを伝えられなくなる。一方的にキスして終わりなんて、そんなのは嫌だ。どんな結果が待ち受けていようとも、しない後悔よりする後悔のほうがよっぽどいい。持ったままだった本を目の前の棚に適当に突っ込み、大きく口を開けて肺に空気を取り入れる。


できる、きっと言える。彼はまだ、この本棚の陰の向こうに立っているのだろう。意識して抑えなければ震えだしそうな手をぐっと握り締め、一歩、踏み出した。




(青春の美しさ)


赤崎さんに相互記念に捧げます!リクエスト頂きましたプラナスペルシカの続きになります。
初々しい、高校生らしい恋愛にしたかったのですがどうでしょうか…;
書いた当初から続きはこんな感じにしたいな〜と大筋は決めていたのですが、書き始めると普段より長めになってしまいました;
ちゃんと終われてないのでそのうちまたこの続きを書きたいなと思ってます(*^.^*)
それでは、この度は相互ありがとうございました!







あきゅろす。
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