SHOUT−シャウト−
第1章(8)
「よし、ナオ。行こう」
田辺は突然立ち上がると那音の腕をひく。
「え?ちょっとリョウ、どこ行くの」
「ほらギターは持って来いよ」
寮内を田辺に引きずられるように歩いていく那音の姿は目をひいた。
しかもいっしょの連れは四月の入学式以来なにかと話題の外部生田辺である。
周りの好奇の視線に那音はまずいと感じていた。
目立ちたくはないのだが、自分の従兄の存在が自分をまた有名にしていることに那音は気づいていた。
その自分が素行不良と噂されている外部生に連れられている、これは生徒会に報告がいってしまう。
さすればあの過保護の従兄が田辺に対して何をするかわかったものではないのだ。
だが自分の手を握る田辺の温もり。これを心地よいと感じている自分がいた。
この手を振り払わなければならないのに、手を離すことができないのだ。
結局うだうだ考えている間に那音は四階の二年ゾーンに連れ込まれていた。
「ナギ!ナギ俺だよ」
田辺がインターフォンに向かって大声を出す。
中から出てきた長髪の男・草薙が那音をみて怪訝そうな顔をする。その強面の顔は噂に疎い那音でも知っている有名人であった。
「こいつナオっていうんだけど、すげぇぜこいつのギター」
興奮した田辺はそんな草薙に気づかない。
そのまま那音をズルズルと部屋に引きずり込む。
草薙の部屋は那音の部屋に似ていた。
部屋の中心はドラムセット。それが広いはずの部屋を狭くしている最大の原因。
だが、パソコン類がないだけまだましといえようか。
奥の窓際にはソファが置かれ、そのソファには日本人形のような顔をした男・秋山が煙草をふかしていた。
その日本人形が口を開く。
「そいつ、里中那音じゃあねぇのか」
「え?ミツグさんと知り合い?」
振り向いた田辺に那音はぶるぶると首を振る。
「ちげぇよ、この学園の人間でソイツの顔を知らねえものはいねぇんだよ」
秋山が立ち上がり那音の肩に手をまわす。
「な、この学園の王様、生徒会長・薬師真治サマの大切な大切なお・ヒ・メ・さ・ま」
そう言ってふぅっと那音の顔に煙草の煙を吐き出す。
その煙をまともに吸ってしまいゲホゲホと咽る那音。
「ちょっ、ミツグさん何するんだよ!」
田辺が慌てて秋山を引き剥がす。
「俺はあの薬師ってやろうが大嫌いなんだよ」
そう言って秋山はまたドカッとソファに沈み込む。
「何言ってるんだよ、ナオとそいつは関係ないだろう」
そう秋山に向かって怒鳴る田辺。だが那音はそんな反応には慣れっこになってしまっていた。
容姿端麗な生徒会長を従兄にもつ自分。
里中那音という個人の前に偉大なる従兄のフィルターがついてまわっていた。
真治の溺愛する那音を疎ましいと毛嫌いするもの、真治に近づこうと那音に取り入ろうとするもの。
秋山のように真治を嫌悪するものは少数派ではあるのだが。
初等部の頃からもう薬師真治の名前は那音についてまわっている。
だから那音の近くには誰もいなかった。
かろうじて早川宗汰がいたからこそ孤独にならずにすんだのだ。
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