SHOUT−シャウト−
第1章(4)
週末にしか外出許可がおりない月宮学園では寮の中に生活物品のたいていのものが手に入るコンビニのような店が入っていた。
夜中まで開いているこの店はけっこう便利で、食堂に行くのが面倒な田辺はちょくちょくここを利用していた。
「さすがにタバコは売ってないな」
チャリンと小銭を握りながら談話室の横を通り抜けようとしたところ、部屋の片隅で誰かが言い合っている声が聞こえる。
面倒に巻き込まれるのはごめんとばかりに足早に通り過ぎようとした時、バシャっと水音がきこえ思わず立ち止まってしまった。
バタバタと男が3人談話室から飛び出てくる。いずれも田辺の顔を見るとギョッとしたように驚くがそのまま走り去っていく。
部屋の中に残された少年に田辺は見覚えがあった。
「となりのチビ・・・?」
そこにいたのは田辺の隣の席の里中那音であった。那音は頭から飲み物をかけられたようで濡れていた。メガネも水滴でいっぱいである。
「おまえいじめられているのか?」
なぜそんなことを口走ってしまったのか。いつもなら知らぬ存ぜぬで無視をきめていたはずなのに。
「そんなことないよ」
そう言って笑ってみせる那音が雨に濡れた捨て犬のようだったから。魔が差したのかもしれない。
「拭けよ」
たまたま持っていたタオルを那音の前に差し出していた。
「あ、ありがとう」
那音はそのタオルを受け取るとメガネを外し、濡れた顔を拭く。
その光景に田辺は目を見張った。
誰なんだと。
いつも長い前髪に隠れた白い顔。それがあらわれた時、田辺は見蕩れてしまった。
そこにいるのは隣の席の名前も知らないメガネチビ、だったはずだ。
だが、そこに見えるのは。
長い前髪は濡れて後ろに流され、タオルでメガネの水滴を拭いているためその白い素顔が見えていた。
大きな瞳に赤い唇。
その少女めいた素顔をどこかで見た気がした。
だが思い出せない。こんなキレイな顔をどこで見たというのか。
「田辺くん?」
那音の問いかけに田辺はハッと気づく。
「タオル、洗って返すから」
いつの間にかメガネが定位置に戻されてそこにいるのはいつものメガネチビな隣の少年に戻っていた。
「あ、ああ。別にいいさそんなの。それよりおまえ。ほんとうにいじめじゃないのか」
那音はそっと首を横に振る。
「ちがうよ、彼らはちょっとぼくに意地悪したいだけ。きっと真兄のことが好きなんだろうね」
「真兄?」
「ん、なんでもない。やっぱりコレ洗って返すから」
那音はそう言ってタオルをギュッと握る。
その仕種におもわずドキっとなってしまったのは秋山の言葉に影響されてしまったためなのか。
それとも入ってまだ1ヶ月だというのにこの学園の悪習に染まってしまったとでもいうのか。
「ありがと」
そうはにかむように笑う那音を可愛いと思ってしまったのはやはり魔が差したとしか言えない。
タオルを胸にかかえて走り去るその後姿を見つめてしまっていたのも。
だが、はたと気づく。あの隣のメガネチビ、あの少年の名前は何だったのだろうかと。
だから少しだけ、そう少しだけ。教室の中でも起きていようかと。
田辺は思ってしまった。
あの少年の名前を知りたいと。
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