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平穏最後の日(完結)
15



以前遼介を診断した医師のいる病院へと急ぐ。
そこは紫堂会の医師が多く所属する総合病院とは違うが、事情の知る医師がいることもあり早急に対応してもらえることが出来た。
病室に遼介を残し恭介は医師の指示を待った。

「若、診断したところ坊ちゃんはやはり小学生まで記憶が退行しています。何か一部の記憶だけを失ったわけでは無くここ三年近い記憶が全部無い状況ですね」
「そういう場合はどうしたらいい」
「精神的なものですので、薬でどうなるものでも無く待つしかありません。ただ、それ以外は今診た限りでは後遺症も残っていないので日常生活は出来ます」
「そうか……」

記憶が無いことにはショックを受けたが、それでも全て覚えていてまた壊れてしまうよりはずっと良い。

恭介が初めて遼介に会ったのが中学に入って間もなくであるから、もしかしたらその頃からマリーの様子が少しずつおかしくなっていったのかもしれない。
恭介の母である美弥を逆恨みしているマリーにとって、遼介を訪ねてくる恭介は邪魔な存在なだけだ。

そんなマリーを間近で見ていた遼介は無意識に変だと感じていて、そこにきてあの事件。全ての原因の始まりであるその時からの記憶を全て封印してしまった可能性もある。

それでも生きていてくれた。
記憶を失っても目覚めてくれた。もう一度あの純粋な瞳をこちらに向けてくれた。

それでいい。

大変だろうが勉強なら家庭教師を付ければいいし、高校も一学期までの内申点と事情を話して簡単な試験でも受けさせてもらえれば私立なら何とか話を付けられるだろう。

傍にいると決めた。
ここからまた始めるんだ。

「念のため二、三日入院して異常が見られなければ通常の生活に戻って頂いて構いません」
「分かった、それで頼む」




病室に戻ると遼介は備え付けのテレビを点けてぼーっとした様子で見ていた。

「遼」

はっとこちらを見る。不安そうな表情だ。

「お兄ちゃん、俺どうなってるの?さっき鏡で見たら俺の顔ちょっと違ってた」
「遼、事故でちょっとだけ忘れてんだ。無理に思い出さなくていい、ゆっくり元気になっていこう」

遼介は目を伏せて恭介の胸に顔を埋める。
この小さな体にどれだけの不安が渦巻いているのだろう。そう思うと自分のことのように全身が冷えていくのを感じた。

「退院したらしばらく家庭教師を呼ぶから家で勉強しよう。俺が休みの時は遊びに連れてってやる」
「ん、ありがと」
「あと坂本君だったか?その子なら事情知ってるから家に連れて来ていいぞ」
「ほんとっ?裕太は仲良しの友だちなんだ」

ぱあ、と顔が明るくなる。
知らないことだらけの中で友人に会えるというのは心強いはずだ。提案して良かったと恭介は微笑む。
言ってからもし坂本が中学からの友人だったらどうしようかと思ったが、覚えているということは小学生からの付き合いのようでほっとした。

「お兄ちゃん」
「何だ?」

「ありがとう。俺きっとすごい迷惑掛けてるのに、嫌な顔しないでくれてありがとう」

恭介は返事をする代わりにぎゅっと抱きしめた。

――絶対に守る。

――何に代えたって絶対だ。


顔以外恭介に包まれてた遼介が口を開く。

「そうだ、お兄ちゃんて何て名前?」
「恭介だ」
「俺と似てる!じゃあ……恭兄って呼ぶ」
「おお、何でもいいぞ」

わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でれば嬉しそうに遼介も頭に手を置いた。

「えへへ」



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