平穏最後の日(完結)
10
「……ちょっと遼を見てやっててくれないか。枷の鍵を持ってくる」
「えっ……は、はい」
ぎゅ、と遼介を守るように抱きしめた坂本が戸惑いつつも頷く。
この足枷の鍵はきっとマリーが持っているのだろう、何があったのかは知らないが坂本はただ遼介を抱きしめるしか出来ない自分が歯痒かった。
恭介は階段を下りて玄関へと向かう。
未だ諦めていないのか、ばたばたと暴れるマリーが恭介を睨む。
「こんなことしていいと思ってるの?私は謙介さんの相手でっ」
「親父の許可は出ている。遼介の安全が最優先だ」
「私を誰だと」
「頭のイカれた女、だろう?」
権力などふりかざさせるものかと冷え切った目でマリーを射抜けば、「ひっ」と縮み上がって声が詰まる。
「マリー=ローレンツ。枷の鍵は何処だ」
「お父様が黙ってな」
「何処だと聞いている。ちなみに頼みのお父様とやらとは最初から子どもについて話し合いがついている。その遼介を傷つけたんだから、誰が不利か分かってんだろうなあ?」
「で、でも私は悪いことは何も」
「貴様ァ……」
どん!とマリーの横の壁を蹴り上げた。
恐怖で逃げ出そうともがくが、両手を拘束されていてはどうにもならない。
「キッチンの引き出しの中……」
「相馬、親父に報告しろ。あと……ジジイにもだ」
「かしこまりました」
それだけ言うと恭介はキッチンへと消えていった。
「遼ちゃん、俺だよ裕太。分かる?」
「…………」
「遼ちゃあん……!昨日来ていれば……でも俺じゃ会わせてくれなかったよな……」
人形のように動かない遼介をぽろぽろと泣きながら坂本は自分を責める。
今日だってあの兄がいなければ全く役に立たなかっただろうことを考えると、どれだけ無力なんだと項垂れてしまう。
「怖い目にあったんだね。もうお兄さん来たから」
語りかけるようになるべく優しく言っていると、階段を上る音が聞こえて体が固くなる。
しかし、姿を現したのが恭介だったのでほっと安心した。
「悪い待たせた」
「い、いえ」
枷を外すために恭介が近づくと、坂本は遼介から離れ横から様子を窺う。
かちゃかちゃと響く室内、自由になるというのにそれも理解していないらしく足元をぼーっと眺めているだけだ。
「よし、外れた。帰るぞ遼」
よしよしと抱きしめて背中を擦る。着るものを探すのも面倒でベッドシーツをくるりと巻いて抱き上げた。
一階に下りてみればすでに後援の者が来ているらしく、マリーたちは到着した車にいるようだった。
自分が乗ってきた車の後部座席に遼介を座らせる。
「あのっ」
「ああ今回はすまなかったな。恐らく学校には事故に遭ったとでも言って休ませるから、話を合わせてくれると助かるんだが」
「それはもちろん……」
坂本はぎゅっと痛い程に拳を握り込む。
「遼ちゃん、治りますよね」
恭介は鋭い目つきで坂本を射抜く。
「当たり前だ、絶対に治す」
恭介が乗り込むとゆっくりと車が発進していく。それが見えなくなるまで坂本はその場を動くことが出来ないでいた。
糸が切れたように座り込み、震える両手で顔を覆う。
説明なんか無かった。しかし遼介の身に気が狂れる程の恐怖が襲い、そして実の家族からそれを受けていたであろうことは分かった。
哀しい。
悔しい。
「うう……っ」
それでも自分には遼介の回復を願うことしか出来なかった。
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