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平穏最後の日(完結)
9



緊張した面持ちで門の前に立っていると、チャイムを押してからしばらくして声が聞こえる。


「……はい」

「坂本です。遼ちゃんどうしたかと思って、あとプリント持ってきました」

数日休んでいる間に配られたプリントを持ってきたのは本当なのでそれも伝える。
何となく会う口実が無いとこの目の前の扉を開けてもらえないような気がしたのだ。

「坂本君ごめんね今遼介寝てて。そしたらプリントだけもらおうかしら」

やはり会えないらしいと分かりがっかりしたが、絶対に開けさせろという後ろからの無言のプレッシャーにどうにか潰されずに済みそうだ。

「有難う御座います」
「はーい」

がちゃ、と開いてマリーが出てくるので挨拶をする。するとマリーの笑顔が引き攣った。

「こんにち……何の用かしら」

すう、と周りの温度が冷える。
後ろにいる恭介とは視線を合わせていないはずなのに、恐怖するくらいの圧迫感を痛い程感じた。

「分かってんだろ」
「何のことかしら、こちらからは何も言うことは無いわ。坂本君プリントだけもらうわね」

そう言ってマリーが坂本を見た瞬間恭介が合図を出す。


「神田、相馬ァ!」

「はっ」

後ろで待機していた二人がばっと飛び出し、一人は扉に足を掛け閉められないよう、一人はマリーの両手を塞いで抵抗されないようにした。
「誰だと思ってるの!」と叫ぶマリーを無視して恭介と促された坂本が中へ入り扉を閉める。
かちゃりと鍵を閉め、マリーの横を通り過ぎる恭介。坂本も異常な事態だとは思いつつも「ごめんなさい」マリーに謝りつつ後をついて行った。

「遼の部屋は二階だったな」
「はい」

坂本はどきどきと鳴り響く胸を押さえながら歩く。
目の前にいる遼介の兄だと言う男の行動、加えてマリーの普段見たことの無い顔。一体何が起きているというのか。
風邪だと休んでいる遼介がそうではないこの雰囲気に、体の芯が冷え切っていくようだった。

――遼ちゃんは風邪で休んでるんじゃなかったのか?

坂本がただの風邪なら良いと淡い期待を抱きつつも恭介が開けた部屋の向こうには、思ってもみなかった悲惨な光景が広がっていた。




「何、だこれは……っ」

「り、遼ちゃっ」


片付けた後が見えるもののカーテンが引きちぎれた部屋、ベッドにもたれて座る遼介は裸に足枷が付けられ肩からバスタオルが掛けられた状態で。
当の遼介は目は開いているものの焦点は合っておらず、半分開いた口からは時おり「あー」だの「hilfe」だのが断片的に聞こえてくるだけでこちらにも気が付かない。
さらに体は綺麗にされていたが換気されていなかったのか薄っすらと青臭い匂いがする気もする。

ある程度のものは想像していた恭介もこれには相当堪えてしまう。
その横を坂本がすり抜けて遼介の元へと走り寄った。

「遼ちゃんっ遼ちゃんっ!風邪じゃなかったのか!何これ、何で……」

坂本が遼介を揺さぶるが何の反応も返ってこない。


「…………っ」

その光景を見ていた恭介が拳を握りしめる。

ここで感情のままマリーを消し去ることなど簡単だ。出来る限りの苦痛を味あわせて葬りたい。
しかしそれは出来なかった。

恭介は紫堂会で関わりの強い位置にいる。
権力をかざせばある程度のことが出来る。出来てしまうからこそ、その一つの行動で身内にひどい損害を負わせてしまう可能性だってあるのだ。
それが「今」だった。

あの憎い女は紫堂会と言えども敵に回したら厳しいところの娘で、もしこのまま銃を取り出せばどんな結果が待っているのか分からない恭介ではない。

この世界に生きているからこそ、感情を殺さなければならないことは多かった。



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あきゅろす。
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