平穏最後の日(完結)
8
『ただいまぁー』
『やあおかえりマリー』
夜も深まり翌日になろうと言う頃やっとマリーが戻ってきた。
国に帰る準備だと言っていたが、その他にもいろいろと用事を済ませてきたようで上機嫌だ。
『ヴィクありがとう』
マリーが礼を言えば、マイヤーは優しく微笑んで両手を挙げる。
『とんでもない。そうそう、薬が強かったのかリヨしゃべらなくなってしまったよ。まあ薬止めてしばらくすれば戻ると思うし、今は全然抵抗もしない良い子だよ』
『まあ!そうなの……大丈夫かしら。リヨって遼介のニックネーム?』
『ああ、日本のファーストネームは難しいのが多いね』
あははとマリーは軽く笑う、薬を止めても抵抗しないのなら良いことだとでも思っているのだろう。
何も勘ぐってこないならこちらには都合の良い話だ。
『お風呂に入れたんだけど着るもの分からないからバスタオルを羽織らせてるよ』
『どうせ外に出ないし暑いから裸のままでいいわ』
マリーが遼介の部屋を覗くとベッドの中ですやすやと眠っている。寝顔だけを見れば穏やかで今の状況が嘘のようだ。
『それじゃあまたウィーンで会おう』
『オーケー』
今日は泊まらないのかと尋ねるマリーの誘いを断りマイヤーは家を出る。本当はもう少し遼介といたかったのだが、今日誰かが家の周りをうろついていたのを確認していた。
もし遼介の知り合いが何者かを呼んでいたら巻き込まれる可能性がある。
今回はそんなつもりでやってきていないので早いところ逃げるに限ると早々に立ち去ることにした。
坂本は学校の帰り道、自宅を過ぎても歩みを止めること無く目的地を目指していた。
「あー昨日はマリーさんいないみたいだったけど今日は平気かなぁ」
実は昨日も遼介の自宅の前まで行ってみたのだが、マリーが使う車が無かったため病人の遼介を起こすのも悪いと何もせずに帰ってしまっていた。
だから今日こそは遼介の様子を見たいと部活が終わって急いで向かっているのだ。
部員たちも心配しており理由を言えば早く行ってこいと言われた。
「あれ?」
家の近くまで来てみると、門の前に車とその横に誰か立っている。
もしかして同じように心配して来たのかもしれない、自分の知っている人だろうかと観察しながら近づくが、顔が見えてきたあたりで思わず立ち止まる。
明らかに不機嫌そうな青年で、しかも知り合いでもなかった。
――すげーチャイム押しずらいんですけど。
車からして怖そうな車だし近づきたくない坂本、しかし近づかなければ遼介に会えないと葛藤していると、その男とついに目が合ってしまう。
「ひっ」
小さく漏れた悲鳴が聞こえていないことを祈りながらおずおずと近づいていく。
「お前ここの家に用事か?」
「あ……はい。俺友だちで」
「友だち?ああ、遼のか」
「遼の」と言うからには遼介と親しい間柄なのかもしれない、少しだけ強張っていた体が軽くなった。
「えと、どうかされたんですか」
「遼介の兄なんだが、連絡が取れなくて見に来たんだ」
――兄!
坂元は思いがけない相手に驚いた。
しかし確か遼介から兄と会ったのだと聞かされたことがあることを思い出した。しかも用事も自分と同じものらしい。
「そうなんですか、実は俺もそうで」
一瞬恭介の顔が曇る。
「じゃあ遼介は学校に行ってないんだな?」
「はい、風邪で今週はまだ登校してないです」
「……やべえな」
坂本が見ていることに気が付き恭介は感情を抑えて言う。
「とりあえず中にはいるみてえだから対応してくれないか。ちょっとここの母親と仲が良くなくてな」
坂本は一呼吸置いて頷いた。
理由はよく知らないが、一緒に住んでいないということは何かしらのことがあるのだろう。
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