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平穏最後の日(完結)
5



「お早う御座います。遼介の母ですが、まだ風邪が治っていないので今日も休みでお願いします」
『そうですか、お大事になさってください』



「おはよー」
「うっす」

教室に入った坂本はきょろきょろと顔を動かしながら友人に挨拶する。

「なあ遼ちゃん今日も休み?」
「まだ来てないからそうなんじゃん?風邪ひどいのかねー」

来ていないことを知った坂本はあからさまに肩を落としてがっくり項垂れる。
携帯を取り出して見つめ「携帯も繋がらないんだよな」と呟いた。

「どうしてんのかなー遼ちゃん」







部屋のドアが開く音がし、ゆるりとした動作で遼介は顔だけそちらへ傾ける。

『ムッティ……?』

ああ目がよく見えなくなっているのか、それを感じたヴィクトール=マイヤーはくすりと笑う。
彼女がどこまでしたのか分からないが、まだまだ甘いし荒いやり方だ。彼女はこの子を壊すつもりなどないのだろうが、中途半端に壊してこれじゃあむしろ可哀想だ。
徹底的に壊して可愛がって俺の可愛い可愛い宝物にしてしまおう。

マイヤーは女性が見たら蕩けるような笑みを湛え、遼介へと話し始めた。

『違う、俺はヴィクトールだ。ヴィクと呼んでくれ』
『ヴィク…誰?』

焦点の合わない瞳が揺れる。まだ会話は出来るようだ。

『君を虐めないよ。もう食べたくないんだろう、薬を飲まされるから』
『うん、怖い。ムッティが怖い、食べたくないです……』
『俺が助けてあげるよ。今日はマリーもいないし』

助けてくれる、その言葉を聞いて遼介の瞳が揺れる。

『本当ですか?』
『本当だよ、ええとリ、リヨウ・・君の名前は発音が難しいね。リヨって呼んでいいかい?あとそんなかしこまってしゃべらなくていいよ』
『ん、分かったいいよ。ムッティも最初難しかったって言ってた』

遼介が小さく微笑む。それにマイヤーは息を飲んだ、こんな子どもがする表情だとは思えない程綺麗な顔だった。
写真で見るよりずっとschön(美しい)なリヨ、これからは俺がたっぷり可愛がってあげよう。


遼介は突然現れたマイヤーに戸惑ってはいたものの、マリーもおらず食事もしなくていいと言われ段々と心を開いていった。

『あの、トイレ行ってもいい?』
『もちろん』

渡された鍵で足枷を外すが、そのまま立たされるので遼介はおずおずと聞いた。

『何も付けなくていいの』
『ん?別に逃げないだろう、でもマリーには内緒だよ』
にこりとマイヤーは微笑んだ。

――良い人。

荒んでいっていた心に一滴水が掛けられた。

部屋に戻るとまた足枷を付けられたが、他に何かされるわけでも無く遼介の気分は落ち着きを取り戻し始めた。
お昼を過ぎた頃腹が空いてきたものの食べておかしくなるよりはましだと時間が過ぎるのを待つ。
本当はどう頑張ろうと食べなければ生きていかれないはずなのに、この時の遼介はそれすら思いつかなくなっていた。

そして夕方を迎えた頃遼介に異変が起きる。


――喉、乾いたな。

そう思うが早いか、体が震え始め指先が思い通りにならずに内側へと丸まっていった。
脱水症状だ。

『あ、あ……ヴィク、ヴィク!』

自由にならない両手で体を支えて必死に呼ぶ。
すぐにマイヤーは遼介の部屋へとやってきたが彼に慌てた様子は無い。

『リヨ、どうしたんだい』
『水、お水欲しい!手が動かなくて……』
『ああ脱水症状か、そろそろかと思ってたんだ』

マイヤーが遼介の手を擦る。


『でも、ダメだよ』



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あきゅろす。
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