平穏最後の日(完結)
4
――何だこれ、おかしくもなんともないのに楽しくなってきた。
汗はたらたらと流れ異常な状態であるはずの遼介は、口から漏れる笑い声に自分では無いようなどこか遠くを感じていた。
ただ楽しい。
何も考えられない。
「はは!何だ、何で笑って……はははっ」
『あら、楽しそうねぇ』
『ムッティ!俺、変っ……』
戻ってきたマリーが遼介の手を取り、もう片方で頭を撫でる。
『何もおかしいことはないの。楽しくなれるお薬をあげただけよ、毎日飲めば嫌なことなんか無くなって楽しいことだけしか感じなくなるから』
『何それ、薬って……』
頭はがんがんと警笛を鳴らしているのに興奮している体とぶつかってどうにかなってしまいそうだ。
『あー薬のせいでここもきつそう。ムッティがしてあげるわね』
『ひっ!』
マリーが遼介のそこを撫で上げる。遼介が悲鳴を上げるがお構いなしだ。
まだ中学生で母子家庭の遼介は自慰行為も友人に教えてもらったばかりで、一人でするのすらまだ数える程だった。
それなのに自分以外の手に、よりにもよって母に触られるなど。
それでも薬で溶けきった体とまるで謙介にするかのように優しく愛撫するマリーのせいでどんどん昂っていった。
『ははっや、やだ!やだぁ……!!助けっ』
『助けてあげてるのはムッティでしょ?ムッティが一番よね、大好きよね』
ぬちゃぬちゃと室内に響く音に、自分の恥ずかしい声に鈍くなった頭がさらにがらがらと崩れていく。
――何だこれ、何されてるんだ俺は。
――どうしてどうして。
――どうしてムッティはこんなことをするんだ。ムッティは……
――きっと俺が嫌いになったんだ。
『は、あははっ……ううっ……』
だらんと力無く垂れた腕の先にぽたりと遼介の瞳から零れ落ちたものが一つ。
『もう、嫌だ……』
――何も見たくない。
マリーが汚れた手を拭きながら動かなくなった遼介を見下ろす。
『寝ちゃったわ。ふふ、可愛い。謙介さんなんかに絶対渡さないんだから』
それからは二日間食事のたびに薬を入れ少しずつ思考を奪っていき、遼介は何もしていない時でも頭がふらつくことが多くなっていった。
マリーが遼介に悪戯をしたのは最初の一度だけであったが、ショックを与えるのに十分なものだったようで抵抗することもあれ以来忘れたように大人しくなった。
「ここ何処だっけ、何も見えないや……」
絶望を常に浴びせられている遼介にはマリーも己の目の前に出してみた手ですら、もう見えなくなっていた。
重い足を持ち上げると、じゃらりと冷たい音まで付いてくる。いつまでも無くなってはくれないそれを触りながらぼんやりと考えた。
「皆元気かなぁ、バスケしたい。外に出たい」
――笑いたい。
『あの薬良かったわ遼介も喜んでるみたい』
『それは渡した甲斐があったな』
『そういえばまだ日本よね?明日私出掛ける予定があるのよ、そろそろ遼介と国に帰る準備でもしようかと思って』
『ああ、俺が面倒見たらいいのか?』
『いいよ、食事とトイレの時の見張りくらいだろう?お安い御用さ』
マイヤーは携帯をポケットに仕舞い荷物を手早くまとめる。そこには写真が一枚。
以前何かあった時に顔が分かるようにと送られてきたものだ。
『ついに会えるね』
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