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平穏最後の日(完結)
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「何ですって!謙介さん嘘って言って!」

「いや、遼介が高校生になったらこちらの家に入ってもらう。お前も一緒でいいと美弥も言ってくれたんだ、我慢してくれ」

――我慢、ですって?何故私が我慢しないといけないの!しかも一番嫌いなあの女がいる家になんて!
――あの女がいる限り私はずっと二番目のまま。


「OK、分かったわ」

「そうか、ありがとう」

――貴方が私を見てくれていないのがよく分かったわ。

マリーは携帯を一旦切ると、再度何処かへ電話を掛け相手に何か指示をしているようだった。

『ハイ、ヴィク。貴方今度日本へ来るって言ってたでしょう?ちょっと欲しいもの見繕ってくれない?』

電話を切ったマリーは笑った。
「謙介さんダメよ。遼介は私のなんだから」

――私が一番になるの、だって遼介は私のことが大好きなんだから。









それは遼介中学三年生のある日。

「ただいまムッティー」

「おかえりなさーい」

玄関まで出迎えてくれたマリーからキスを落とされこちらも頬に返す。
満面の笑顔の遼介は学生鞄の他に大きなショルダーバッグを持っていた。

「今日はユニフォームとか洗う日だから荷物多いんだ」
「いいわよっ、遼介頑張ってるものね」
「ありがとう!」

いつでも笑顔を絶やさない母が遼介は大好きだ。
父とは会ったことも無いし生きているのかどうかも分からないけれど、せめて今ここにいる母を大切にしたいと思う。

「お腹空いたー」
「まだ出来てないから先にお風呂入っちゃって」
「OKー」

バスケ部である遼介は体育館での部活動がほとんどのため泥で汚れることはまず無いが、暑いこんな日は汗で全身べたべたしている。
夕飯の前に入ることも定番の流れでシャワーを浴びて部屋着に着替えてリビングへと戻る。
暑くてシャツを手に持ったまま向かえば、マリーは「まあまあ」と苦笑いする。

「いくら暑くても着ないとお腹壊すわよ。でも遼介お腹割れてきたのねーすごいすごい」
「すごいっしょ?俺筋トレ増やしたんだ、あとは背がもうちょっと伸びたらなーバスケは背も重要だから」
「そうねぇ高校生になったらもっと伸びるんじゃない?」
「高校生か、バスケ強いところ行きたいなー」

「遼介そのことだけど」マリーは真面目な顔をして遼介の頬を包み込んでこちらを向かせる。

「中学卒業したらオーストリアに引っ越さない?日本は家族ムッティ以外”誰もいない”でしょ」
「え……でもこっちだって」

遼介は「お兄ちゃんがいる」と続けるのを止めた。いつか会いに来てくれた「兄」と名乗る青年は母の子では無い。
一、二度会っただけだがその時の母の怒りに満ちた顔は忘れられない。

「俺、さっきも言ったけど高校でも友だちとバスケ続けたいんだ」

家族の話には触れず進路の希望だけ言った。



「そうなの、遼介もそう言うのね」



「何か言った?」
「いいえー、夕飯にしようか」
「する!今日何」
「焼肉よ」
「やったっ」

育ち盛りの遼介には嬉しいメニューだ。
食器を運ぶのを手伝い椅子に座るとすぐに食べ始めた。

「美味しい」
「そう、沢山食べてね」



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