平穏最後の日(完結)
14
遼介がぽかんと聞いているのに気が付いてまた慌てたように謙介が取り繕う。
「別に危ない話なんか無いからな!そういや今日誕生日だったろ、おめでとう」
「ありがとう」
「俺がこんな状態じゃなけりゃあ何かしてやんだけどな」
「俺はお父さんに会えたのがプレゼントだよ」
素直な息子の告白に「そうか」と若干顔を赤らめて謙介が笑う。
その姿がやけに滑稽で、恭介は思わず横やりを入れたくなる。
「そういや、親父出世すんだってな」
恭介がそう言えば謙介は先ほどのそれとは打って変わって、今度はにやりと悪く笑い恭介を見遣る。
「お前だって相当だろう。いくら直系つっても、その年でその役じゃあきっちり務めねえと下から文句出るぜ」
「だろうな、まあ長男に生まれたんだ。このくらいは覚悟は出来てる」
「さすがお兄ちゃんだな」
ちっと舌打ちをして恭介が視線を逸らす。父相手にはさすがに強く出ることも出来ず、もやもやしたまま会話を終わらせるしかない。
いつだって自分の前を歩いていた男だ、そう簡単にその背中を追い越させてくれることはないだろう。
その大きな背中を失わずにすんで本当に良かった。
「お父さんはいつ退院するんだ?俺迎えに来たい」
「あー後一週間くらいだが、危ねえから紫堂の家で待っててくれ」
「そっか、じゃあ待ってる」
本当は食い下がって迎えに来たいところだったが、危ないと言われたら何も言えない。
紫堂会の頭になることはいずれどこからか漏れるだろう。
それが外に出る日などバレた日には狙われないわけがない。
もちろん情報が漏れないよう細心の注意を払って行動はするが、まだ戦う術を知らない遼介は隠れているしかないのだ。
今の自分は見た目も中身も子どもだということが傍目にも明らかで、遼介は歯がゆさに心を揺らした。
少しでも強く、少しでも近づきたい。
変わらなきゃならない、自然と遼介はそう感じていた。
でも何をどうしたら。
足りないものだらけなことは分かっているが、どこを救い上げていけば上に登れるだろうか。
そこで遼介は思う。
俺の失った記憶が戻ったら、少しは大人になれるんだろうか。
でも、とそこまでで思考は止まり恭介を一瞥した。
恭介は無理に思い出すことはないと言った。それは何故なのだろう。
きっと思い出した方が良いはずなのに。
もし思い出したらいけない何かがそこにあったなら。
「――遼?」
ぶるりと体を震わせた遼介に恭介が声を掛ける。
「ごめん、何でもない」
「そうか?そろそろ帰るぞ」
「ん、お父さんまた」
「おお、気を付けて帰れよ」
ぱたんとドアを閉める軽い音が響く。病室には一人、静かな空気が流れている。
「遼介、か」
謙介は窓の外を眺めて夏の透き通る青空を仰いだ。
あの子はまだ思い出してはいないらしい。
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