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平穏最後の日(完結)
18



「あーだりぃー、誰でもいいからぶっ飛ばしてぇな」

頭をぼりぼり掻きながら目つきの悪い大柄な体躯の男がずんずんと歩く様は、非常に恐ろしい。
さらにはとんでもない暴言を吐いているため、男を視界に入れた通行人は「ひっ」と小さい叫びを上げ、皆一様に道路の端に寄り道を譲るのだった。

「久遠さん、凶悪なこと言わないでくださいよ。ただでさえ、堅気には到底見えない見目なんですから」

横で歩く園川がため息を隠さずに吐き、隣の上司を咎めるように言う。
しかし、その上司は全く気にしていないのか部下の言葉が聞こえていないのか、忠告を無視して先へと行ってしまう。

「はあー……遼介君に構ってもらえないからって」
「何か言ったか、ああ?」
「……何でもありません」

遼介に関する科白は都合良く聞こえるらしい。

遼介の様子がおかしかった日から数日、久遠もおかしかった。
それはもう以前の久遠に戻ったかのように、機嫌が悪いのはデフォルトであるし部下がミスすれば重い拳を躊躇無く入れる。
しかし遼介に再度会うことはまだ叶っていないため、解決する術が未だ見つけられないでいた。

最近癖になりそうな眉間の皺をさすって伸ばしつつ、園川は逃避するように遠くを見つめた。
するとそこによく見知った、しかし中々出会わない知り合いを見つける。

すぐに声をかけようと軽く手を挙げる園川だったが、その男の顔も何故か久遠のようにさも不機嫌と言った様子で話しかけるタイミングを逃してしまう。
こんな時こそこの上司を使う手はない。


「久遠さん、大城組です。ご挨拶を」

「んだよこのクソ忙しい時に」

全然忙しくない。

園川はそう思ったが、挨拶のきっかけを作ってくれるであろう久遠に文句は言えない。
久遠が面倒そうにだらだらと歩いて声をかける。

「おい、本山ァ」

その先にいた本山と呼ばれた男は、久遠は適当に話しかけているが大城組の中でもかなりの地位にいる若頭である。
さらに言えば先の抗争で大怪我を負った紫堂会若頭の息子であり紫堂会会長の孫でもある。
そんな人物にこのような態度を取れる者は数少ない。

久遠に気付いた本山がちらりと一瞥すると、盛大に顔を顰めて舌打ちをした。

「ちっ何だ久遠か」

本山の態度に久遠の苛々がさらに溜まる。

「せっかく俺が話し掛けてやってんのに、いい度胸じゃねぇか」

おいやんのか、とメンチを切りあう二人。

公共の場でそんなことをやったら目立って仕方がない。
本山は普段は久遠に比べれば幾分穏やかなのだが、機嫌が悪い時に引き合わせるんじゃなかったと園川は胃を押さえて反省した。
パワハラ上司のせいで胃に穴でも開きそうである。

「本山さんお久しぶりです。久遠さんもこの辺で抑えてください」

園川が割って入り、最悪な事態は免れたようだ。

「ああ園川か。そっちは相変わらずだな」
「ええ、おかげ様で。大城組は例の件で忙しそうですね」
「まあ、な」

近藤組がまたいつ現れるか分からない。
大城組はまだ巡回を続けているから、さぞ忙しいのだろうと労いの言葉をかけたつもりだったが、歯切れの悪い返事が返ってきただけだった。

部下を待たせているらしい本山と別れた二人は、今日はもう仕舞いにしようと事務所へ踵を返した。
今日はもう急ぎの仕事も無いから、酒でも浴びるかと久遠が考えていたところに一台の車がすぐ横を通り過ぎる。

途端に目を見開いて振り返る久遠。

「おい! 今の車ナンバー見たか!」

「言われなくても覚えてますよ!」

助手席にいたのは確かに遼介だった。



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