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平穏最後の日(完結)
17



「じゃーなぁ」


「ああ、薬の出所は気付かれんじゃないぞ」

「おお」と返事しながら弟が嬉しそうに帰っていく。
おそらく小遣い稼ぎの一環なのだろう。

踵を返した田川は鼻歌を歌いながら携帯を開き、今一番のお気に入りにメールを打った。





「ただいま」

扉を開けた先にいた最愛の弟である遼介がいつも以上に笑顔な気がして、思わず頬が緩む。艶やかな髪の毛をくしゃりと撫でれば、幼く笑う声がした。

「くすぐったいよ」

「飯にするか」

恭介は外したネクタイを遼介に預けて洗面所へ向かった。
遼介はそれを慣れたようにクローゼットへ仕舞う。
顔を洗ってリビングへ向かう途中、ふと壁に掛けてあるカレンダーを見遣りもう七月かと気付く。

「遼、もうすぐ誕生日だろ。欲しいの決まったか?」

恭介の言葉にぐっと息が詰まる。
何にしようかと考えていたはずなのに、全く決まらないまま忘れていた。
決まってないなんて言ったら最後、溢れかえるほどのプレゼントを用意するに決まっているのに、失敗した。

「あー、新しいバッシュかな」

今思いついたものを言ってみたものの、中々良いものを言えたと思う。
使い古したバッシュの方が馴染んで履きやすいのだが、どうも最近よれてきたようで新しくしたいと思っていたところなのだ。

それを聞いた恭介が目を細めて笑う。

「遼はバスケばっかだな。好きなものがあるのは良いことだ」

「じゃあ誕生日に買いに行くか」と言われ、遼介が嬉しそうに頷く。
新しいバッシュも楽しみだが、何より兄が一緒だという事実が遼介を優しく包み込む。

両親がいない今、親代わりであり兄であり、唯一無二の一番の理解者である恭介。
そんな大切な人に向けられる視線が本当に愛に溢れていることが分かり、何でもないと思っていた誕生日が煌びやかな光に包まれていくような気がした。

恭介がキッチンに立っているため、ソファに座って雑誌を広げる。
あまり着飾ることに興味がないため、読み物と言ったらファッション系ではなくスポーツ雑誌が定番だ。
記憶にはないものの中学からバスケをやっていたらしい遼介は、バスケはもちろんスポーツ全般好きであり、雑誌やテレビで他のスポーツの情報を得ることも日課の一つになっている。



夢中で読んでいるところに携帯が震えた。田川からのメールだ。
今日仕事で途中で別れたことの謝罪とまた遊ぼうという誘いの内容。
自分を気遣ってくれる年上の友人に嬉しくなり、すぐに返信をした。

「今度お礼でもしたいなぁ」

普段構ってくれ、さらに手料理もご馳走になっているので、何か感謝を返したいと思った遼介がそう呟く。
たまたまキッチンから顔を出した恭介が、それを目撃し僅かに眉を顰めていることには俯いていたため気付かなかった。


「誰が相手だ……?」

遼介を取り巻く環境が少しずつ崩れていくのを、すでに近づいてきている危険の足音を、まだ誰も掴み取ることが出来ないでいた。



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