平穏最後の日(完結)
12
遼介の様子を見て首を傾げていた田川がそう言いながら、遼介の手を取って歩き出す。
その手をぼーっとした目で見つめながら、されるがまま歩いていった。
「着いたよ」
よくある五階建マンションの二階に位置する部屋へと入っていく。
単身用の1LDKで男性の一人暮らしにしてはそこそこ綺麗に整頓されている。
自炊もしているのか、キッチンには鍋や洗い終わった食器が並んでいた。
「ここに座って、横になってもいいから」
遼介をソファに座らせると、田川もその横に座って遼介の顔色を見る。
「うーん、熱はないか」
遼介の具合を確認した田川が何故か嬉しそうに微笑んだ。
「ということはうまく効いてきたんだね。嬉しいなぁ遼介君が家に上がってくれて」
「俺のこと好き? 好きだよね。うん、て言ってよ」
遼介の両頬を包み込んで、鼻と鼻が付くほどに距離を縮めて問いかける。
それを遼介は聞いているのか聞いていないのか、とろんとした瞳で田川を見つめたままだ。
しばらくそうしていたかと思うと、言葉が話せないくらい小さな子どもに教えるように、指で遼介の唇に触れながら「うん」の口の開け方を教えてやる。
「う、ん」
「そう、よく出来ました」
何とか言葉にしてくれたことに満足しながら、にんまりと弧を描いた田川は遼介の耳元まで顔を近づけて言う。
「もっともっと好きになってね。―――久遠よりさ」
それに僅かに反応した遼介がぴくりと震える。
「ああ、こんな状態でもまだ反応するんだ。まだ二回目だからなぁ。まあ次回からは家に入れるのもコレ無しでいけるだろうし、徐々に侵食してってやるか」
田川は遼介を抱きしめる。
その手には、小さな薬のような粒が入っている小瓶が握られていた。
「久遠がお気に入りを作るなんて初めてだからどんな玩具かと思ったら、こんな堅気の高校生なんて面白いよねぇ」
「顔は綺麗だけど女みたいなわけじゃないし、あいつが男を好きだなんて聞いたこと無い。それって遼介君が特別ってことだから」
田川は興奮し息を乱しながら、遼介の髪の毛を優しく梳いた。
「これが離れていったら、あいつどんな顔するかな」
壊れた人形のように田川が笑う。
そしてふらりと立ち上がると、冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り、グラスにあけて小瓶に入っている錠剤を一粒ぽとりとそこに入れた。
「今日は沢山話をしよう、遼介。安心して、俺も結構君のこと気に入ったから壊しはしないよ。何も変わりはしない、久遠のことだけ忘れていったらいいから」
楽しいねぇ、と遼介の顎を掴み上を向かせるとそこにグラスを付けて少しずつ飲ませていった。
「副作用がない分弱い薬だから長期戦だけど、じわじわと効いていく毒ほど絶望に気付いた時には遅いんだ」
――大嫌いな久遠。
――やっと俺の出番だ。
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