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平穏最後の日(完結)
10



家に帰ってリビングに入ると、ずるずると座り込む。
急いで返ってきたから余計に疲れた気がすると、手で顔を覆って目を瞑る。
そうしている内に少し体調が戻ってきた。


「ただいま」

「おかえり!」

恭介が帰る頃にはすっかりいつもの調子に戻っていた。
やはり部活の疲れが出ていただけらしい、風邪ではなくて本当に良かった。

「変わったことなかったか」
「ちょっと体調悪くなって風邪かと思ったけど、疲れが出ただけみたいでもう平気」
「何、大丈夫か?熱出たら医者行くからな」
「大丈夫だよ」

それでも心配性の恭介は、遼介の額や手首を触っていつもと変わったところがないか調べている。
くすぐったい気持ちになりながらも、平気だと恭介をかわして寝る準備をする。

今日は早く寝たかった。ただ自分でも不思議なことに遼介は田川の話をしなかった。
特に家へ行ったわけでもないし会っただけだからいいか、と思い先にベッドへ入る。
新しく出来た年上の友人に嬉しくなりながら意識を沈めていった。



翌日久しぶりに遼介は久遠たちの事務所を訪れた。

「遼介君、やけに機嫌が良いね」

そう言う園川も目を細めて笑う姿は極めて上機嫌で、遼介の頭を一撫でするとソファに座るよう促す。

「はい! 明日は部活の練習試合だし気合入ってます」
「へえ、部活は何やってるんだ?」
「バスケ部です」
「そうか。スポーツ観戦好きだから、大会とか出る時は是非観に行きたいな」
「本当ですか! 夏にあるんで是非来てください!」

二人の間に花が舞っているかのような錯覚を覚える程、ほんわかした雰囲気が漂っている。
それを横目に斉藤と小宮山がうんざりした顔を惜しげもなく披露する。

「なあ、園川さんがスポーツ好きだとか聞いたことねぇんだけど」

「ないな。完全に遼介のこと気に入ってるぞあれ。普段温度の感じられない目しかしねぇ人なのに」

園川という男は、柔らかな物腰であるためぱっと見た感じではその道の者には到底見えないのだが、一度目を合わせればそのあまりの冷たさに体が固まってしまう位だ。
しかも、仕事時は率先して相手がどう嫌がるか怯えるかを実行する性格なので、ある意味とても極道に向いていると言える男だった。
その男がこんなに優しい言葉を掛けるなんて明日は天変地異でも起きるのではと、失礼な後輩たちは仕事そっちのけで噂を立てていた。

実際、園川は自分でも驚くほど遼介を気に入っていた。

自分を脇目も振らず助けようとしたこと、そしてその理由、さらに自分たちの仕事を知ってなお受け入れてくれたこと。
こんなに子どもらしい部分がありながら、時折見せる達観した顔と態度が園川の心をひどく揺さぶるのだ。
この可愛らしい子を大切にしたい、今まで他人に全く興味がなかった自分がそう思えるようにしてくれたこの子を、誰にも渡したくないと感じていた。

きっとこれは無理なことであるが、どうしても叶えたいと浅ましくも思ってしまう自分に自嘲するのだった。

「そういえば久遠さんは戻ってこないんですか?」

「え、ああ、久遠さんはもう少しで戻るんじゃないかな」

そうですかとどこか嬉しそうにする遼介を眺めるが、目の前で違う男のことを考えられると、その相手が上司と言えども面白くない。

「遼介君何か飲むかい? 紅茶でもいいかな」

「はい、有難う御座います」

少しでも頭の中を自分へと向けたくて話題を逸らす。

今気になるのは、久遠がどれだけ遼介を気に入っていて、さらに言うとその気持ちがどんな種類のものかであった。



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