平穏最後の日(完結) 20 「聞いたというか何というか」 坂本が思い出しているのか、ぽりぽり頬を掻きながら気まずそうに言った。 「ほら、夏に学校の裏側で発砲事件あったよね」 「ん?ああ、そだな」 事件に思い切り関わっていた遼介はどきりとする。 「あの時俺まだ近くにいてさ、遼ちゃんが裏口から帰るの知ってたから音が気になって向かったんだ。その時車を取りに戻ってきた恭介さんと会って。何かすごい音しましたね、拳銃の音みたいなって世間話のつもりで言ったんだ」 「そうなんだ」 「そしたら、恭介さんが「俺の仲間が撃たれたからな。坂本君が近くにいなくてよかった」なんて言ったんだよ!もーびっくりしちゃって。それで思わず聞いたら「そういう仕事もしてんだ」って」 「そんな前から……」 それにしても、今では当たり前になったがあんなにも極道の世界を遼介からも隠そうとしていた恭介が坂本に漏らすなんて。 恭介のことだから何か考えがあったのだろうが、随分飛び抜けた行動だ。 「あと、こうも言われた。「もしこのことを知ってても傍にいてくれるなら、遼介はまだ俺たちとは関係無い場所にいるから変わらず普通の友だちでいてほしい」って。そりゃ当たり前だよ、友だちなんて頼まれてやってるんじゃない。遼ちゃんだからずっと横にいるんだ」 「裕太……」 恭介は分かっていたのだ。 もしタイミング悪く恭介のことがバレたとしたら、遼介から親友を奪ってしまうことになるかもしれないと。 だから先手を打って自ら暴露した。そして、遼介は仕事について関係が無いことを強調してくれた。 そして坂本も全てを知った上で受け入れた。 恵まれ過ぎだと遼介は思う。 言葉の出ない遼介に、怒っているとでも思ったのかもう一度「ごめん」と坂本が言った。 「知ってるのに黙っててごめん」 「それは俺も同じだ。言う機会はいつだってあったのに黙ってた。ごめん」 「俺、どんな家だって遼ちゃんは遼ちゃんだから。それに紫堂会って俺ですら知ってるけど、悪い噂聞かないし。さすが恭介さんのとこだなって思った」 「俺も去年知らされたばっかりで詳しくないけど、今はお祖父ちゃん引退してお父さんが会長やって恭兄が若頭だって」 「ま、マジで!すごい……あの恭介さんのオーラはただもんじゃないって思ってたけど」 坂本の顔を見る限り嘘を言っているようには見えないが、彼なりの葛藤はあったと思う。 「というか、裕太が聞いたっていうか恭兄が言っちゃっただけじゃんか。裕太は悪くない」 「そう言ってもらえると助かるよ。遼ちゃんが知らないところで秘密を聞き出しちゃった気がしてずっと謝ろうと思ってたから」 ようやく言い合えた二人は満足に笑った。 喧嘩すらしていないが、友情を再確認した記念として飲み物や食べ物を出して騒ぎながらゲームの続きをした。 「そうだ。恭兄帰ってきたら注意しとく。俺のこと思ってくれてのことでも裕太を悩ますなって」 「そんなことがあの人に出来るの遼ちゃんくらいだよ……」 ぽりぽりスナックをかじりながら言いのける遼介に、坂本は大物さを感じたという。 「申し訳なかった」 「よしっ」 「りょ、遼ちゃあん……っ」 何これ拷問? 恭介が帰ってきて笑顔で迎えた遼介だったが、本当に注意をし、さらに坂本へ一言謝ってくれと言ったのだ。 もちろん恭介が遼介を心配してくれているのも分かっているのでちゃんと礼も言ったが、それとこれとは別である。 親友といえど他人の家の事情で人一人を長い間悩ますのはいいとは言えない。 それについては恭介も予想の範囲内だったようで、素直に坂本へ向き合い謝った。 弱ったのは坂本だ。 恭介の言葉に悩んでいたのは本当だが、面と向かって謝られるのは正直辛い。 悪いことをされたわけでもないし、恭介という大人の威厳たっぷりな男に謝られるとこっちも何だか頭を下げてしまいたくなる。 あとはぶっちゃけてしまえばすごく怖い。 久遠とは違って普段穏やかな恭介であっても、極道ならではの雰囲気からか逆らってはならないオーラと百八十を軽く超える上背は迫力がありすぎるのだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |