平穏最後の日(完結) 14 「いやし?ってなんですか?」 テンションの高い斉藤に飛びかかられそうな勢いで歓迎され、しかも謎の言葉まで掛けられて遼介は混乱するが今の斉藤に説明出来る余裕もなく「とにかく座ってー」と遼介を中に入れた。 「いーのいーの、お茶飲む?今日は園川さんいないから紅茶とかは出来ないけど」 「すみません、何でも大丈夫です」 「おっけー、適当に出すね」 「有難う御座います」 最初は飲み物を出された時は「自分が入れる」と恐縮していたものだが、やっと慣れてきたらしく今では礼を言うだけに留まった。 「あ、佐藤さん!」 「遼介坊ちゃんお疲れ様っす」 「やっぱそれ照れますね」 照れるというのは「坊ちゃん」という言い方だ。 当然佐藤にとっては会長の息子は坊ちゃんなわけであるし、日ごろ紫堂の家に帰れば坊ちゃんと言われている。 しかし、佐藤のような十代にも見える若者から言われ慣れていないため、どうしても照れてしまうのだ。 「やだな、坊ちゃんは坊ちゃんじゃないですか」 「そうなんですけど、予備校でしか会ってないから」 「あー、そっすね」 「遼介」 「あ、はい」 佐藤と談笑していると久遠に呼ばれてそちらへ急ぐ。 それを事務所の面々は当たり前に、佐藤は少しの反応を見せながらも視線を外し斉藤へ囁いた。 「ほんとにあの二人付き合ってんですね。俺久遠さんの眉間の皺取れてるの初めて見ました」 「あー、あの人いっつも不機嫌面だもんな。常に世の中全て憎いみたいな極悪面だし」 「坊ちゃん騙されてんじゃねーのって感じの見た目っすよ。マジ平気なんですか」 こそこそ話す二人だが、遼介と話しているはずの久遠の眉がぴくりと動いたのでもしかしたら聞こえているのかもしれない。 怖すぎる男だ。 「平気平気。それに久遠さんは良い人だよ、ほんと」 「そうなんすねー」 遼介を見る瞳を見ればそれも納得せざるを得ない。 物珍しさに二人を見ていれば、遼介がこちらを振り返りばっちり視線が合う。 「そういえば、佐藤さんここ来るの久しぶりですね」 「今日は才川さんに付いてきて、今終わるの待ってるんです」 「そうなんですか。才川さん会ってないなー」 ほんわかした雰囲気が事務所を包む。 ここがどんな意味で存在している場所か分からなくなりそうだ。 「恭兄が才川さんと組んで仕事するのが少なくなったんで、あまり会わなくなったんです。どうしてるかな」 「俺のこと気にしてくれてるなんて嬉しいが、それを若の前で言わないでくれるか?」 頭の上に温かいものが触れたかと思うと、真上でそんなことを言われる。 「才川さん!」と上を見上げて笑えば、才川は苦笑しながら遼介の頭に置いた手を動かしてくしゃくしゃと撫でた。 「遼介が俺のことを褒めたり気にしたりすると、マジで若の視線が殺りそうなくらいヤバくなるんだよ」 「物騒な」 「まあ、十中八九久遠の野郎とのことで気が立ってんだろ」 才川は無視を決め込む久遠をちらりと一瞥して「とんだ八つ当たりだ」とため息を吐いた。 久遠と遼介がどうこうなったのは才川に関係ない。 恭介が重症なブラコンだということは昔から分かっているが、仲の悪い久遠の所為で自分まで余計なことに巻き込まれるのはいい気分ではないのだ。 「才川さんお疲れ様です。もう帰りますか」 「ああ、そうだな。車回してくれ」 「おう、帰れ帰れ」 「相変わらず無礼な野郎だな」 しっしとジェスチャー付きで追い返そうとする久遠に苛立つ。全く何故こんな横暴な男に惚れてしまったのか、才川は遼介が心配でならない。 憐れみにも似た穏やかな笑顔で才川は帰っていった。 才川は遼介の立場が変わってからも遼介への態度や話し方を変えない数少ない一人だ。 それは才川の立場がある程度上だからというのもあるのかもしれないが、遼介にとっては嬉しいことだった。 「また会いたいなー」 「本山の前でそれ言うなよ、つうか俺の前でも言うな阿呆」 久遠が遼介を小突いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |