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平穏最後の日(完結)
10



何となく上司と付き合いだした可愛い弟分を思い出し、遼介ならば優しいから哀しんでくれるだろうと思う。
事務所の連中もきっと、何だかんだ言って面倒見がいいのできっと。

自身が役立たない存在だったとしても。


ふと思い出す。
確かここはうちのシマではなかったが、もう少しいけばシマに入るはずだ。
そこまで逃げることが出来ればどうにかなるかもしれない。そこまで思い至ったところで向きかけた足を止めた。

シマに入り仲間に会えて敵方から逃れられるかもしれない。
しかしもしそこで東条組の人間だとバレてしまえば、ここでの出来事が組の抗争へ発展してしまうことだってあり得なくはない。

それでは久遠に助けを求めるのと同じだ。

そんなことは許されない。

中々いい考えに至らず、とにかく今はどこのシマでもないところへ向かうしかないと通行人の視線が届かぬ細道を闇に隠れて進んでいった。

管理の行き届いていない道は狭く暗く、異臭までする。

「くそっ」

こんなところで終わってたまるか。

弱音なんて吐くか。

「俺は東条組の人間なんだ」

そうだ。いつまでも腰が引けたまま生きていて堪るか。



そうして三十分程した頃だろうか。

大分遠くまで来られた気もするが、ゆっくりとした移動しか出来なかったため実際はどのくらい逃げられたかは分からない。

先ほどまで聞こえた数人分の足音はもう聞こえない。
それならばもう振り切ることが出来ただろうか。斉藤はそろりと大通りへ顔半分だけ出して確認する。

時間帯も時間帯なので駅前から離れた大通りに人の気配はなく、どうやらまだここまで追手は来ていないとみえる。

ほっとして胸を撫で下ろしていると、ぐいっと強い力で後ろへ引っ張られた。

――やべぇ!

思った時には遅く、勢いで突き飛ばされる形になった斉藤に黒い影が忍び寄る。

最悪相打ちを覚悟して、ナイフに手を掛ける。


「物騒なモン出してんじゃねぇ」

「は?」

がっと首に腕を回され引きずられ、耳元でそんなことを言われた。

完全に捕まった。

しまったと思った時には遅かった。気を付けていたにも関わらず捕まってしまうなんて、こんなに素早く的確に動ける者がいたとは迂闊だ。
せめてもと、抜け出せないか抵抗する斉藤の脳天に一発、重い拳が降ってきた。

「い、って……!」
「騒ぐんじゃねぇ、斉藤」

「何で俺の名前……っ久遠さん!?」

「あ?俺で悪かったのかよ」

敵かと思っていた先にいた顔はよく知る上司の久遠だった。

「うっ」

嘘だ、そんなはずはない。
否定の言葉すら出てこない斉藤は、一度は助けを求めることを諦めた上司を目の前にして、斉藤が我慢してきた決壊がついに崩れ落ちる。

「ううっ……久遠さんっ」
「チッうぜぇ」
「し、舌打ち!俺真剣なのに」
「ったく、とりあえず汚ぇ面さっさと止めてこっち来い」

諦めたのに。今斉藤が組の人間だとバレたらまずいのに、久遠に見つけてもらえて嬉しい自分がそこにいる。

来い、と伸ばされた手を取っていいのだろうか。
まだ自分の場所は残されているのか。



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