平穏最後の日(完結)
9
――どうするどうする!こんな時の最善はどれだ!
その場を振り切り店の外に出るが状況は悪化の一途をたどっている。
怒気を孕んだ相手の男に言い訳など通用しない。始めに誘ったのは斉藤なのだからこちらが悪くないとも言えない。
もし百パーセント向こう側の責任だったとしてもただで帰してくれるはずもないが。
壁に背を預けて隠れながらちろりと店の入り口を見遣る。
まだいる。
当然だ、組の女を横取りしようとした(と思われた)男をやすやす逃がすはずはない。
「逃がすんじゃねぇぞ、見つけたら金目のモンひっぺがして転がしとけ。殴りたい奴は殴ればいい。どうなったって酔っ払いがヘマしたとしか思わねぇだろ」
「ええ〜怖い」
「お前も俺っつーもんがあるんだから色目使うんじゃねぇ。分かったか?」
「うん、ごめんなさい」
女は口だけで反省した様子なく男に腕を回してご機嫌を取る。
男もそれに怒りを募らせることはせず、女の腰に手を回して言った。
「可愛い顔しやがって。今晩寝られねーぞ?」
「や〜ん怖いぃっ」
阿呆らしい会話を聞きながらいつものことだと仲間は犯人捜しを急ぐ。
女を囲っている男の身分はそれほど高くはなさそうが、組のモノに勝手に手を出すのはご法度だ。
探し出して制裁を加えなければ上に示しがつかない。
よって斉藤の末路はこのままいけば最悪のものしか提示されていなかった。
かじかむ手を押さえる。
武器になるものは刃物しかない。下っ端の斉藤は飛び道具は基本的に仕事時以外は携帯していないのだ。
この時ばかりはあの重苦しい鉄の塊を持ち歩いていないことを後悔した。
確実に向こうが有利だ。
人数的なものもあるし、一対一でも武器らしい武器を所持していない斉藤が不利なのは火を見るよりも明らか。
――これが面倒なことを後回しにしてきたツケ、か。
いやにクリアな頭でそう思う。
何か一つでも間違えば、ここが自身の最後の日となるかもしれない。
ぶるり、と冬の凍てつく寒さとは違ったところで体が震えた。
――ああ、くそ。
こうなったら仕方がない。
もう終わりは手招きをしてこちらのすぐ近くまでやってきている。
それなら全力で当たって砕けるしかないだろう?
――いや、砕けたくはないけど。
ただ一つだけ、組の人たちには迷惑をかけたくない。
せめて自分が”東条組”であるとバレることだけは避けたいところだった。
だから、久遠には助けを求めてはいけない。
斉藤は触れていた携帯をそっと鞄の奥底に仕舞った。
「やるっきゃねーよな」
ここで立ち上がらなきゃ男が廃る。これが最後の戦いだとしても、だ。
手持ちは堅気ですら気軽に買えるサバイバルナイフのみだが、多数相手でも手ぶらよりは髪の毛一本くらいはましだろう。
斉藤は見つからないよう、そろりそろりと暗闇の続く道を静かに進んでいった。
「あー、冷蔵庫の中には帰ったら食べようと思ってた生ハムとワインがー……。つか、彼女も今いねぇし俺がいなくなって哀しんでくれる人どんだけいるんだろ」
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