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平穏最後の日(完結)
8



「……マズい」
「え〜どうしたの?」
「ん?いやいや大丈夫」

気分を上げようと仕事を切り上げた斉藤は一人で居酒屋に来た。
そこで近くにいた女に声を掛けて二人で飲む。喉を通る酒はいつもと変わらないのに味がしない。

どうやら酒を飲んでも効果は無いようだ。

こちらから話しかけたのに距離を詰められると良い気分もせず、申し訳ないやら帰りたいやらもやもやしてきた。

「あー、もう帰ろうかな。ごめんね」
「え〜!いいじゃんもうちょっと」
「疲れちゃって」
「私まだ暇なんだよねぇ、連れも来られなくなっちゃったし」
「へぇ、誰かと遊ぶ予定だったんだ」
「そうなの。めっちゃ忙しくてぇ、えらい人なんだって!」

女の連れというのは予想通り男のようで、きゃぴきゃぴと男の良いところを羅列して喜んでいる。
もう帰ると言っているものの、誘ってきた男の前でそれはないだろうと思うが、特定の相手がいるのに誘いに乗る女だからそんなものかと冷めた気持ちで聞く。

つくづく運が悪い。

いや運が悪いわけではない。ここまでの出来事を運だと思ってしまう自分に非がある。

一言多く言ってしまうのだって、よく怒られるのだって、周りから言われたわけではないのに焦ったり後輩の特別任務に嫉妬してしまったり。

まるで駄々をこねて人の話を聞かない幼子だ。

――バカバカしい。

そもそも、いくら一人が嫌だからといって何故女を引っかけてしまったのだろう。
普段の自分ならそんなことしないのに。

とにかく女といるのも気分が悪い斉藤は早く追っ払うため、引っ付いてくる女の手を払おうと目線を下げてぎょっとした。


女の手首に小さな影。刺青だ。

最近はおしゃれ感覚で付けている者も多いのでそうだろうと思いたかったが、よく見ると最悪なことに己の組と対立する組のイロに付ける刺青と同じものをこの女はこしらえていた。

これは非常にまずい。
気が立っている時は陰の気でも引っ張ってきてしまうのかもしれない。

泣きっ面に蜂とはこのことか。

女は十中八九敵陣地の女だ。
趣味の悪いあの組は、イロと決めた女に刺青を一つ施す。それは腕であったりふとももであったりと場所はそれぞれであったが、これは組の物だという主張に同じ模様だった。

ため息を吐きたいのを我慢して、これ以上ややこしいことにならない内に去ることにした。


「ほんとごめん。酔っちゃってさ」
「あんま飲んでないじゃん。それか家来る?大丈夫だよ?」
「……いや、悪いから」

何が大丈夫なのか。

段々いらだつ気持ちを抑えつつ、愛想笑いを浮かべて断りの文句を並べる。
空気の読めない、もしかしたらわざと読まないのかもしれない女は、帰ろうとする斉藤の腕を無理やり掴んで引き寄せた。

「ね?家近くだから」

わざとらしく胸元をちらちらと見せてくる。

心底うざい。斉藤は今度こそ女を誘ったことを後悔した。

近くにいたからと適当に選ぶんじゃなかったと思ったその時、第三者の声がする。


「ちゃらそうな兄ちゃんよぉ、それ俺のモンなんだけど?」

見上げると、”いかにも”な顔立ちの男が青筋を立てながらこちらを凝視している。
その男の右腕は今の今まで絡んできた女の肩に回っていて、明らかに知り合いだと言わんばかりだ。

斉藤は悟った。

――あ、俺終わった。



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